カンボジア

カンボジアでの医療事情
産婦人科医師 西野 共子

AMDA Journal 2004年 12月号より掲載

 2003年10月から計3ヶ月間、タケオ州アンロカ保健地区のプロジェクトに参加し、2004年7月からはプノンペンにある AMDAカンボジアクリニック(以下ACC)で婦人科診療技術指導を3ヶ月間行いましたので、この期間に見聞したカンボジア医療の 問題点についてお伝えしたいと思います。

公立医療施設における低い給与

 政府の政策がうまくいかないことの根本的な原因になっているのが、カンボジアにおける公務員給与の安さです。 公務員の給与が安いことは、汚職のはびこる原因でもあり、公立の医療施設が成り立たない原因でもあり、学校に通いたい 子供がたくさんいる一方で、十分な教育が行われないことのひとつの原因でもあります。つまり、警察官も学校の先生も 病院で働く人たちも、生活ができないくらいの安い給与しかもらえないために、副業に走ったり、不正なお金を要求したり するのです。保健医療制度の基本となる保健センターは年中無休、24時間の営業が原則ですが、地方にある保健センターの 多くは夜間、もしくは1日中、門が閉じられています。給与が安いために職員が辞めてしまったり、24時間の営業が不可能に なっているのです。

医療従事者、専門医の不足

カンボジアでは20年前の内戦で知識階層が殺害され、これによって医師、助産師、看護師などの医療職のほとんどがいなくなり、 内戦終了時に生き延びていた医師はわずか20人程度と言われています。内戦中には教育も不在で、保健システムも崩壊しました。 絶対的な数の不足を補うべく、内戦後に医学教育を受けた医師のほとんどが一般医として仕事をしています。 プノンペン市内でさえも各科の専門医の数が少なく、医学生に対する専門領域の教育も不十分です。 カンボジアの医療職と話していて気がついたことは、患者の少数の疾患や命にかかわらない疾患に関する知識が全般的に少ないことで、 特に精神科領域の疾患などは看護職ではほとんど教育を受けていないようでした。

検査の不在

検査をしないと気がすまない日本人医師は、カンボジアでは苦労します。医師もしくは看護婦が問診、 聴診などをして薬を処方するというのが診療の基本で、血液検査などが行われることは多くありません。 画像診断については、レントゲン検査と超音波検査ができる施設が増えてきていますが、検査室レベルの 検査にはあまり進展がないように思われます。 婦人科医としては、婦人科患者に占める炎症性疾患の割合が多いのにもかかわらず、 性病検査がほとんどできない現状に悩みました。

カルテがない

カンボジアでは外来患者さんに対してカルテをつくっていない施設が多いのではないかと思われます。ACCでも カルテは不在です。患者さんは前の診療時にもらった処方箋や超音波検査の結果などを大事そうに持ってきます。 これが、カルテのかわりをします。カルテに記載する必要がないためということもありますが、 患者さんへの問診が十分ではありません。私自身はクメール語を話せないために情報収集がままならず、 これには悩まされ続けました。

売薬でのトラブル

ACCでは不妊症の患者さんを多く診ることになりました。というのも、カンボジアには不妊症を特別に扱うような 婦人科専門医は少ないからです。では、カンボジアでは不妊治療は行われていないかというと、 排卵誘発剤はほとんどの薬局で手に入るほどポピュラーな薬で、個人で勝手に飲んでいるのか、 一般の医師が処方しているのか、これは今でも謎のままです。薬局でなんでも薬が手に入るために、 薬局から買ってきたピルやデポプロベラ(避妊用の注射剤)を使用した後に不正出血や無月経を起こす患者さんにも たくさん会いました。彼らは薬剤購入の際にほとんど説明を受けていないようでした。 カンボジアでは、知識のない人による売薬を内服することによるトラブルが多いようです。

薬をたくさん出すのがカンボジア流

保健省は各医療施設で抗生物質を適正に使用することを推奨しています。 この背景には、多くの施設でたくさんの抗生物質が処方されている現状があります。 たとえば、炎症性疾患の患者に3から4種類の抗生物質が処方されるということが一般的に行われています。 炎症が起こっていても原因を検索するための検査ができないことから、 いくつかの原因を想定して複数の薬を処方するという理由もありますが、 カンボジアでは薬をたくさん出さないと患者さんの受けがよくないというのももうひとつの理由のようです。

本の不足

内戦後のカンボジアで特記すべきことは、ポルポトの焚書政策により本の多くを失ってしまったことです。 出版活動もようやく最近になって始まったばかりで、したがって医学関係の本でカンボジア語で書かれた本はほとんどありません。 カンボジアの医学教育はフランス語で行われていますが、フランス語の医学書はなかなか手に入れにくく、医学書は多くありません。 医師の養成が急務の中、医学教育はどうなっているのか気になるところです。

支援のあり方

外国からの支援だけでなく、カンボジア保健省の施策でも多いのが、ものだけを医療機関に送るというやり方です。 ものが医療機器の場合、ソフトのないところにハードだけを送っても、実際にそれを使えないのであれば、 お金の無駄使いになってしまいます。 医療機器は地域の医療レベルを上げるための大きな戦力になる可能性がありますが、かならず十分なソフト面でのカバーが必要です。 日本と同じように彼らがその機器を使用できるわけではないことを十分に考慮してほしいと思います。 援助した医療機器が活躍している非常によい例がACCにありますので紹介します。 1997年に日本の産婦人科病院から寄贈された超音波機器がACCでは活躍しています。 院長のリティ医師はフランスで超音波診断学を学んだ人で、診断技術には定評があります。 このため、他のNGOや公共機関から超音波検査を依頼されることも少なくありません。 また、この機械は他の医師の研修のためにも使用されています。 日本ではこの機種は古くて見かけることはほとんどなくなったのですが、カンボジア国内で小さい修理を受けつつ、 今も大活躍しています。

保健の本を作成

手前みその話をひとつ書かせていただきます。ACC滞在中にACCの全面的協力を得て、 母子保健教育の小冊子のクメール語版を完成しました。 今後、さまざまな場面で使用してほしいと思っていますし、また一般女性にも読んで欲しいと考えて カンボジア国内で出版しました。興味のある方はご一報いただけたらと存じます。

とりとめなく書いてしまいました。私は5年前に初めてカンボジアを訪れて以来、最初は学校建設支援にかかわり、 この1年はAMDAで医療支援の仕事をさせていただきました。カンボジアへの援助は知れば知るほど分からなくなるとこ ろがあります。何をするのが本当にいいのか、悩みながらこれからも付き合っていきたいと思っています。
 AMDA本部の皆様、AMDAカンボジアの皆様には、私を受け入れ、サポートしていただきましたこと、心から感謝しております。




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