カンボジア

アンロカ行政地区保健プロジェクトの舞台裏から
-実践からの学び-

プロジェクトマネージャー 岡本 美代子
     
AMDA Journal 2003年 8月号より掲載

1999年から始まった、AMDAアンロカ地区保健プロジェクトは、カンボジア政 府保健省とAMDAの契約により、タケオ州アンロカ地区での公共保健事業を展開して来ました。2002年に終了 を迎える予定であった、当プロジェクトはその後、延長を依頼されて現在、終了に向けてのファイナル・タ ッチをしているところです。(2004年4月末日に事業終了予定、次期契約団体への引継ぎを予定)
 2年前に私自身が赴任してから、いろいろな意味で実り多きプロジェクトだったのではと、今振り返りなが ら実感しています。赴任当初は、何もかもが壮大で目標達成不可能ではないかと心配していたことも、一つ ずつ達成し、プロジェクトが成長してきたことに気付かされます。実際は、プロジェクトの成長とともに自 分自身が成長できたことには感謝の気持ちで一杯ですが・・・どのような仕事をしている方にも実感すると ころでしょうか?
 さて、これまで2年あまりの実践を通して、プロジェクトの舞台裏で繰り拡げられる日々の活動の中で再 認識した、次の3つの重要なポイントについて述べたいと思います。

1つ目は、「システム開発」です。1999年から関わってきたスタッフが作り上げた数々のシステムは現在も 改善が加えられ、受け継がれています。いろいろなリクエスト用紙の類から、組織全体の業務規則、モニタ リング、包括的プロジェクト評価システム等は、プロジェクトの効率性を高め、その方向性を示唆してくれ ます。プロジェクトの大きさに関わらず、システム化することは、組織全体としてのまとまり、統率のとれ た体制を作り上げ、プロジェクトの目標達成に大きく貢献するでしょう。また、国際スタッフとして関わる 時、マイクロ・マネージメント(細かく丁寧に一つ一つに対して指示、問題を解決していく)なのか、マク ロ・マネージメント(大きな方向性を指示、各担当に責任を持たせ、系統立てて問題を解決していく)なの かを考え、場面によっては両者を上手く組み合わせるなど、マネージメント・システムの改善は、チームワ ークを最大限に生かし、プロジェクトの成果に大きく作用する要因となります。また、将来を担う、ローカ ル・スタッフがこのようなシステムの効率性を、実践を通して学び、良い例として継続すれば一つの技術移 転の例となるでしょう。

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2つ目は「ローカルスタッフの人材育成」です。当プロジェクト後期では、カンボジア人スタッフによるマネ ージメント体制を主体に国際スタッフは後ろから見守り、アドバイスをする姿勢を徹底してきました。それ から1年以上が経った現在、人というのは変わるものなんだなあと実感しつつ、毎日を嬉しい眼差しで見守り ながら過ごしています。とくに、成長したのはリーダーとしての役割を担う、アンロカ保健地区の局長、Dr. ニア・シタンです。彼は以前、ほぼ全ての決定や責任において消極的であり、国際スタッフに任せっきりで したが、彼のリーダーとしての意志を確認し、責任範囲を大きく広げることにしたのです。「責任」とは? 「リーダーシップ」とは?「マネージメント」とは?これらのことは、一緒に考え、実践してもらい、失敗 の中から答えを見つけ出してきました。自発性を我慢強く待つこと、出来たことに一緒に喜ぶこと、失敗し たことには、タイミングを外さず、なぜそうなったのか?どうすればよかったのか?を明確にして学び取る こと。こういうことにはマニュアルも教科書もありませんでしたが、あったとしても実践にはなかなか繋が らず、積読となることでしょう。実践から学ぶというのは、想像をこえるほど、お互いの成長にとって、プ ロジェクトの成長にとって意味がありました。自分達(国際スタッフ)がやった方が速い、簡単、正確とい う考えはこういう長期開発プロジェクトでは、かえって妨げる要因になるのかもしれません。

 最後に、「国際スタッフの人材育成」です。スタディツアーを始め、日本国内外から沢山の皆様に見学に 来て頂き、将来の国際開発事業参加への熱い思いのある方や、有望な人材にも沢山めぐり合え、今後の発展 途上国への支援活動がさらに活発化する予感に期待が膨らんでいます。当プロジェクトを訪れて頂いた方に は、ステレオタイプの“NGO=ボランティア団体”という概念を外したところで、今後の方向性が少し理解 して頂けたような気がします。将来の国際スタッフとしての姿勢として、何でもしてあげるボランティア精 神の姿勢から、何が、誰に、何時、何故、どのように必要なのかを分析、評価した上でローカルの自立を目 指したプロジェクトを進めるプロフェッショナルな姿勢を持つためには、自身の質を高めると同時に、経験を 共有、改善し、有効に使えるような人材育成システム構築の必要性があるでしょう。

実際には、具体的なストーリーが数々あり、限られた紙面上でお伝えできないのが残念ですが、いつかこれ らの経験を皆様と分かち合えることが出来れば幸いです。これまで、当プロジェクトへの数々のご支援本当 にありがとうございました。心よりお礼を申し上げます。

アンロカ保健行政地区の保健センターにおける分娩データの分析

西野 共子・米塚 昌代・熊谷 知子

アンロカ地区保健プロジェクト終了間際の3月、2003年10月より断続的に産婦人科領域の超音波診断の指導に あたっていた西野(産婦人科医)と、2003 年12月に2週間滞在して母乳哺育セミナーを開催した米塚(助産 師)、2004 年2月からインターンとしてAMDAカンボジアの活動に参加していた熊谷(看護学部学生)の3人 が一時的にアンロカ地区で同時に仕事をすることになり、施設分娩データを収集して現地で施設助産師を対 象としたワークショップを設けることになった。ここでは、3月末に行ったワークショップの結果を紹介した い。
 アンロカ保健行政地区には人口約12万人に対して、公共医療保健機関として、一次レベルの9箇所の保健 センターと二次レベルとしてのアンロカ地区病院(60床)がある。ここでの保健センターとは、主に外来診療 に携わり、 24時間一般診療、妊産褥婦検診、分娩、予防接種、保健教育・啓蒙活動を担う。ここで検討した 施設分娩と施設スタッフによる自宅分娩を合わせた分娩数は、プロジェクトの充実と共に、過去2年間で急 増を見せ、地区全分娩数の約27パーセントを占めている。 ここでいう施設分娩は基本的に正常分娩を対象 として保健センターで扱われ、医師以外のスタッフの介助で行われている。分娩中にトラブルが起きた場合 や、ハイリスクとみなされた場合には、産婦は保健センターからアンロカ地区病院もしくは三次医療機関と して存在する、隣行政地区のタケオ州立病院に救急車で搬送されている。タケオ州立病院はアンロカ地区病 院から車で1時間程度の距離にあり、近隣では唯一帝王切開が可能な病院である。
 今回、保健センターにおいて分娩台帳からのデータ収集と聞き取り調査からデータの補足をして、2003年 1月から12月までの1年間の分娩データを検討した。2003年に9箇所の保健センターから報告のあった分娩数は 保健センターでの分娩が763件、保健センタースタッフが自宅で分娩介助をしたもの219件で計 982件である が、アンロカ地区病院もしくはタケオ州立病院に搬送した症例も含めた記録の中で分娩台帳に記載のあるも のについて、産婦の年齢、分娩時における経産回数、男女別の出生体重を分析した。

第一次医療レベルの保健センター

産婦の年齢は23歳前後にピークがあり、19歳から25歳までの年齢の産婦が全体の55%を占めている。経産回 数では初産と1経産が60%を占めるが、すでに3回以上分娩している産婦も24%あり、最高で14経である 。比較的若年で妊娠回数の少ない層が施設分娩を選ぶ傾向にある。
 出生時体重は、2003年の記録が残されている男児478人、女児 473人のデータを検討した。平均出生体重 は男児3.0kg、女児2.9kgで、2.5kg未満の低出生体重児は男児の5.7%、女児の5.9%を占め、4kg以上の巨大 児は男児で2.9 %、女児で1.4%であった。アンロカ地区の施設分娩における新生児体重は先進国の平均体 重と変わることはなく、低出生体重児の比率も多くない。ただし、この検討では全サンプルは保健センター で生まれた新生児のみに限っており、また二次施設以降で行われた分娩や、早産、双胎の症例を除外してい る。

保健センターからアンロカ地区病院や帝王切開が可能なタケオ州立病院に搬送されるケースは2003年の後半 になって増加傾向が見られる。保健センターから病院への搬送は2002年11月に救急車が導入された ことでスムーズに行われるようになった。搬送症例の増加は2003年後半の施設分娩率の急増が搬送症例の 増加につながっている可能性や、搬送に対する保健センタースタッフの意識の変化が影響している可能性も 考えられる。
 搬送の原因となった病態の内訳をみると、妊娠中毒症が13例と最も多い。月別にみると、1年の後半、7月 から12月に集中して妊娠中毒症による搬送が出現していることは興味深い。救急車による搬送が24時間可能 である状況下で、保健センタースタッフが妊娠中毒症産婦を病院で扱うべきハイリスク症例として徐々に認 識するようになったということも考えられるが、手作業で行なわれる田植えから稲刈りまでの農繁期に中毒 症が多く発症しているという可能性も残されている。しかし、1年分のデータだけでは結論には至らない。  今後、これらのデーターに各施設助産師が興味を持つことにより、記録のさらなる充実が望めるであろう。 そして、低出生体重児、搬送例やハイリスク例などの結果を検討する機会を多く持つことで、それぞれの経 験を分かち合い、学習していくことで、地域の母子保健医療の問題を彼ら自身の力で解決していくための動 力になることを期待して、今回のワークショップを終えた。
 今回それぞれの保健センターを訪問して分娩台帳を元にデータを収集したが、保健センターの立地条件に より分娩内容に特徴があったことは大変興味深かった。多くの保健センターは市場の近くに位置しているが、 それらの保健センターでは周辺に住民が多く、保健センターでの分娩件数が多く、異常のケースや搬送例も 多く見られた。これに対して、市場から離れている2箇所の保健センターでは、保健センタースタッフの介 助による自宅分娩件数が多かった。もしくは連携している伝統的助産師の介助による自宅分娩後、健診のた めに訪れたケースが多かった。米塚は昨年12月に助産師を対象に母乳育児援助についてロールプレイを取 り入れた合計4時間のワークショップを行った。今回、分娩データ収集のために保健センターを訪問した際 に、保健センターで日常の診療に触れることが出来、前回のワークショップで作成した母乳哺育のポスター を使った、実際の指導が行われているのを確認することができた。
 ワークショップ前のある夜に4箇所の保健センターとアンロカ病院を訪問した。3箇所の保健センターで夜 間の分娩入院があり、病院も煌々とした明かりの中で多くの入院患者と数人の外来患者の処置を行っていた 。日中は日陰で休んでいる姿を見かけることも多く、働かない印象のあったアンロカ地区病院の医療関係者 であるが、夜間の少ない人員で多くの仕事をこなしている姿をみて、はっとさせられた。日本のように施設 は多くの職員を抱えているわけではなかったのだ。少ない人員で24時間の医療を支えていることに初めて気 づかされた。現在はまだまだ課題の多い医療状況ではあるが、彼らの努力がこの地域の医療を向上させてい くことを心から祈りたい。




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