カンボジア

プライマリ・ヘルスケアの実践の日々

AMDAアンロカ行政地区保健プロジェクト
     
プロジェクトマネージャー 岡本 美代子

AMDA Journal 2003年 8月号より掲載

「○○保健センターで薬が足りなくなったって…」薬剤管理係のパオさんがせっせと不足分の薬を用意 している。「午後には何が何でも届けたい。」と。

「村の保健支援委員会の会議に遅れちゃう !!! 」今月のいろいろな施設での活動を紹介する資料を手 に、ヘン先生が駆け足で車に乗り込む。「○○保健センターは一時間かかるからね、お先に!」 「チョップ!チョップ!(待って、待って)、ビタミンAのキャンペーンのモニターに行くからついでに 乗せてって!」栄養・予防接種管理係のチャンティさんが追いかけて行く。

どこからともなく、カラオケ(演歌調)が聞こえてくる…「練習をちょっとね、これから村にヘルス プロモーションに行くから、機械のチェック、チェック」保健プロモーション・オフィサーのソピープ さんとダラさんは村人に沢山来てもらえるように、場所選びや、始める前の人集めに使う人気歌手の カラオケの選曲に余念がない。

無線ラジオにて、保健センターで双子のお産に時間が掛かりすぎているとの連絡。日本から派遣された 助産師さんも救急車とともに要請された。「各保健センターに日本の助産師が一人ずつ配置出来たらな あ、9人必要か…」と半分まじめな顔で人事担当のブントゥーンさんがつぶやく。

「美代、このワークショップに誰を送ろうか?」タケオ州保健局で開催されるワークショップへの出席 者の選択にアシスタントプロジェクトマネージャー且つ、当地区保健局長のシタン先生は難しい顔を してしばし考え中…。

日々、このような出来事が繰り広げられるなかで、ふと、プライマリ・ヘルスケア(PHC)の概念を 思い出す。1978年に旧ソ連のカザフ共和国の首都アルマ・アタでWHO、ユニセフと各国の代表により 提唱された概念で、実践的で且つ適切な政府の社会開発政策の一環としての包括的な国家保健システム を創り上げることを目的としている。PHCは主に、発展途上国において、効果的に発展・実施するため の国家的な活動を奨励している。

カンボジアでは、長年の紛争やポルポト時代の後遺症による、圧倒的な人材不足、社会システム・秩序 の欠如、不安定な社会経済状況等による汚職の蔓延により、公共サービスは壊滅的な状況にあった。 そして今もその状況に大きな変化はない。それでも国家政策として、人々の健康を守り・増進させる ことは、持続した経済的社会的発展に欠かせないものであり、より良い生活の質向上に繋がるもので ある。

こうした背景をもとに、当プロジェクトは、カンボジア政府がアジア開発銀行から国家保健政策事業の 1つとして資金を借り入れ、1999年より保健省とAMDAの契約のもと、アンロカ行政区(人口12万人)の 保健事業を試験事業として委託されている。プロジェクトの使命は、当地区においての第一次、第二次 レベルの公共保健医療システムを完成させ、住民に公平なサービスを提供すること、そして、カンボジ ア保健省に対し、モデル事業として提案することにある。

PHCを効果的に実践するためには、主に下記のような5つの原則がある。
1. 地域住民の主体的な参加
2. 地域住民の保健サービスへの需要の把握
3. 地域資源の有効利用
4. 適正で継続可能な技術の使用
5. 他組織との連携
当プロジェクトでは、これらのPHCの理念に則り、日々の活動を続けている。

1.主要な保健問題とその予防・対策への実践(診療、予防接種等)
予防接種(経口ポリオ)
予防接種(経口ポリオ)

 1999年のプロジェクト開始当初、30床の結核病棟が併設されていたのみの地区病院(referral hospital)と、 スタッフの常勤しない3つの保健センター(health center)は、殆んど機能していない状況であった。 現在はカンボジア政府保健省の方針である、最小限の質を保障する保健センター活動(Minimum package of activities :MPA)を、 9つ全ての保健センターで365日間、24時間体制の実施、定期的な村落保健支援委員会の活発化、 および各活動のモニタリング、システムの維持・管理することに力を注いでいる。年間を通しての住民 調査は、村々での保健指標や保健サービスの浸透性、村人達の保健意識の状況を把握し、プロジェクト 活動に生かされている。

また、第一次医療レベルである保健センターでのサービスが充実したことにより、第二次医療レベル (地区病院)への完全紹介システムが完成した。地域住民は、日常的な風邪や下痢疾患などで、遠く離 れた地区病院まで交通費を払って行く必要がなくなった。地区病院は、入院設備、給食サービス、 今年から新しく運営をはじめた外来検査棟における各種検査、救急医療、第三次レベルへの搬送システムの機能を持つ。

保健センターと地区病院での外来患者数の推移 (1999-2002)は、2001年後期から有料化となり、 一時利用率の低下が見られたがその後回復した。保健センターの利用率が増加すると同時に地区病院の 需要が低下している。これは、紹介システムの完成により、治療が適切なレベルで行なわれていること、 つまり医療の効率化を示唆している。(村人は施設が整い、スタッフが常勤する保健センターを信頼し、 より利用することで早めに治療をし、悪化してから病院に駆け込むことが少なくなった。また、保健セ ンターは町内に1つずつあり、交通費をあまりかけずに行くことが出来るため、とても経済的である。)

2.適切な栄養や基本的な衛生知識の普及
 予防保健活動・保健啓蒙活動は、プロジェクト活動の中でも特に力を入れていることの一つである。 水道(もしくは井戸)、電気などの公共設備はまだまだ未整備であり、雨水に頼る貯水池が主な水源と なることが多い。村人達は、その水を殆んど沸かすことなく飲んだり、牛や豚たちと同じ池で泳いだり、 水浴びをするのが日常で、土壌寄生虫による栄養障害は深刻な問題となっている。また、山間部では マラリア、雨季にはデング熱が、子供にとっては命を脅かす原因の一つとなっている。また、HIV/AIDS に関しては、カンボジアは東南アジアで一番多い感染者数が報告されている。こうした予防可能な疾患 や日常生活向上に関する保健知識を、プロジェクトの保健啓蒙係や栄養・予防接種管理係は、キャンペ ーンや保健教育資材(IEC)を駆使してより多くの村人達に伝え、保健サービスを利用してもらうよう 努力している。

遠隔医療サービス
遠隔医療サービス

3.母子保健向上プログラム
 アンロカ地区では、自宅で出産をする女性が圧倒的に多い。村には伝統的産婆がいるが、基本的な 研修をうけた者は少なく、複雑な出産には危険が伴い、この国の妊産婦死亡率を上げてしまう要因の 一つとなっている(妊産婦死亡率473人/100,000:日本は8人;2001年WHO統計)。このため、各保健 センターに養成教育を受け、また継続した研修を受けている助産師を配置し、保健施設での出産、 もしくは助産師が家を訪れることが出来るシステムを導入している。その結果、保健施設での出産数は 目標数を上回った。しかし村での伝統的産婆の役割は幅広く、助産だけではなく、各種疾患へ伝統療法 を使って治療しており、村人からの信頼は厚い。このためプロジェクトでは彼女らを保健ボランティア として月一回の保健センターでの会に招き、情報の交換や更なる協力を模索している。昨年11月より 救急搬送サービスを始めた。各保健センターから地区病院、またさらに高度な技術が必要なときは タケオ州の病院と連絡を取り合って搬送する(1時間弱)。月20〜30件の利用のうち、50%は周産期の 問題である。助産師の質と数、また地区病院の周産期ケアにおける機能拡充は現時点でのプロジェクト の第一課題でもある。

4.必須医薬品の供給
 カンボジアでは国中に薬が無秩序に氾濫している。その多くが、規制なくして輸入されるコピー製品 や偽物であったり、有効期限が切れたものだ。その上、欧米諸国の薬品会社からのマーケティングも 合わさり、足りないというより過剰である。プロジェクトでは保健省の定める必須薬品の全面的供給の 責任を負うほか、ロジスティックを駆使して消費量を予測計算し、各施設へ遅れることなく配給するの である。薬の質、管理方法は厳しいチェックリスト、モニタリングにより達成できている。昨年度は、 コンピュータを使ってのストック管理と消費量と供給量の管理をローカルスタッフと共に創り上げた。 しかし、いくら技術を駆使してシステムを作っても、各施設からの消費量、残数勘定が正確でなければ 上手く働かない。また、薬剤の供給が安定してくるからといって、安心して患者さんの要求のままに 多種類の薬剤(多くは不必要)を処方してしまうという悪影響も見え始めた。日本でも「沢山の薬を くれる医者は良い医者だ」という印象を持つ人もいると思われるが、ここでも同様なことが起ってしま う。適切な在庫管理、薬の処方を各保健施設のスタッフに考えてもらうことは新たな優先課題となった。

5.人材育成
 1999年から2002年まで4年間の試験事業が終了した。今年はその成果を認められての1年の延長事業で ある。来年からは新しい契約となり、AMDAが選ばれるかどうかは未定である。保健スタッフへの継続し た研修のさらなる充実を目指すと共に、今年は、最終年として、主な管理職スタッフへのマネージメン ト能力強化を目指している。約20年前の長い国内紛争の結果、 20%の国民(主に教育者、医療従事者、 技術者)が亡くなった。その多くが生きていたら、今ごろは経験豊富な専門家としてこの国をリードし て行けただろう。圧倒的な数の不足に加え、経験、責任感、リーダーシップを持つ人材の不足は深刻で ある。日本なら管理職には経験のある中堅からベテランまで人材の層は厚いが、ここでは保健局長で33歳、 病院長で31歳の若さである。しかも、社会情勢の不安定、教育制度の整備遅延や大学在学中にクーデター 等を経験して、卒業が遅れ、社会経験もないまま卒後に主要職に就いている。今までは、どちらかとい うと一緒についてきてもらっていたが、今年からは先頭を歩いてもらっている。時々立ち止まっては 振り返ってこちらに助けを求めることもあれば、どんどん先に進んでいくこともある。失敗は成功の もと。上手くいかなかったら、それを学びにしようという姿勢を尊重しつつ、彼らのイニシアティブを 待っている。これから少しずつ自信をつけていってほしいと思う。

「薬は全部届けることが出来たよ。」責任を果した満足感を含んだ満面の笑顔でパオさんが帰ってくる。

村長から結核の疑いがある村人を治療してほしいと申し出があり、ヘン先生は保健センターでの無料 結核治療のお知らせを伝えた。

村に出掛けた栄養・予防接種管理係のチャンティさんは、保健センタースタッフと共に、ビタミンA キャンペーンへの理解を求めるため、村のボランティア達と家々を一軒一軒回った。「子供は泣きじゃ くるし、母親は怒るし、30分かけて説得したらわかってくれたよ。いや〜、ホントに大変。」(西洋医学 的な予防接種、栄養プログラムへの理解はまだまだ乏しく、キャンペーンをしても、子供を家に隠して しまう親も少なくない。)

保健プロモーションに集まった村人たち
保健プロモーションに集まった村人たち

大型スピーカーを使っての保健啓蒙カラオケ大作戦は功を奏した様子。「今日は、村長さんからの要望 で、飲み水や食べ物の衛生について話したよ。場所も日陰が多くてよかったよ。120人くらい来てくれた よ。今日の村長は協力的で前もって住民に知らせてくれたみたい。」時々、村によっては協力を得られ なかったり、場所によっては人が集まらず、効果的な活動が行なえない時もある。経験から学び、 改善していくことを目指す。

斉藤幸江さん(助産師)は「羊膜(赤ちゃんが入っている袋)が少し厚かったので自然に破水が出来な かったみたい。無事、元気な女の子生まれましたよ。ちゃんと指導してきたから大丈夫。次からは出来 るでしょう。」日本だとなんの問題もないことが、ここでは問題視されたり、または本当は問題なのに 危険信号を見逃して、危険なお産に繋がってしまう。

「保健センターから、○○と○○、病院からは○○を参加させることにしたよ。これから彼らには チーフを補佐できるようになってもらいたいからね。どう思う?」シタン先生は、珍しく主要管理職 メンバーを参加者から外した。先のプランを見据えているようだ。

そして、アンロカの青々とした稲田が夕焼けのオレンジに染まりはじめる…。




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