バングラデシュ

AMDAバングラデシュ保健衛生事業

保健衛生専門家 添川 詠子
AMDA Journal 2003年 4月号より掲載

AMDAヘルスセンターは首都ダッカからわずか30kmほどのムンシゴン ジ県・ガザリア郡・ホッシンディ村に位置する。首都からわずか30kmとは 思えないほどの田園風景が広がる農村地域である。ここ、ガザリア郡の人口 は約14万人、それに対して政府から提供されている医療施設は、30床ほどの 病院が1つとサブセンターと呼ばれる診療所が4つだけである。政府の診療 所には、医師・薬剤師・医療助手が各1名ずつ勤務していることになってい るが、実際に毎日出勤しているものは少なく、出勤時間もばらばらで、ほと んど機能していない。郡病院や診療所では無料で診療が提供されていること になっているが、医師や検査技師の多くは個人的に袖の下を要求し、払え ない患者の診察を拒むということも日常茶飯事である。薬も無料で配ら れることになっているが、多くの場合病院に在庫はなく、また、あって も多少の金銭を要求されることが多い。患者の多くは必要な薬を外部の 薬局で手に入れなければならないが、高額で購入できないと嘆くものは多 い。医師に50タカ(約110円)ほどの袖の下を払い、病院までの交通費、薬 代などをあわせると100タカ〜200タカ(約220円〜440円)もしくはそれ 以上になってしまう。平均収入3000タカ(約6600円)で家族5人 (またはそれ以上)が暮らす生活ではこれらの出費は軽視できない負担である。

この地域に住む女性は初等教育(5年)、もしくはそれ以下の教育しか受 けていないものが8割を超える。識字率は低く、自分の名前を書くことがで きる程度の女性がほとんどである。健康教育や衛生教育にもほとんど携わっ たことがない。牛の糞を触った手でそのまま食事する(ここではスプーン等 は使わず手で食事する)、といった光景もしばしばみられる。下痢疾患や感 染症はいまだ主流であり、村人の多くは子どもの病気は母親が何か悪いこと をしたのが原因、という迷信的な考えを持っている。病院よりも祈祷師を訪 れる人もいまだ多い。

そんな中、地域に根ざした医療を提供するために、外務省の援助により立てられた AMDAヘルスセンターが活動を開始した。20タカ(約40円)ほどの診療費で、検査や薬は 必要経費ぎりぎりまでの値引きをし、サービスを提供している。

AMDAヘルスセンターの規模はさほど大きいものではない。3床の入院 ベッド、200種ほどの内服薬と数種の点滴類、血液検査などの機材、そして 正常分娩が取り扱える機材がそろっているのみである。しかし、これだけの ものでも、地域に貢献できることはたくさんある。地域保健活動と初期医療 施設、両側からの働きかけで、住民の健康への意識が高まり、疾病の予防・ 早期発見・早期治療ができるようになれば、ヘルスセンターの規模は小さく ともその役割を充分に果たすことができるのである。

活動の鍵は地域保健活動である。効果的な地域保健活動により、多くの人 を疾病から守り、より健康な生活へと導いていくことができる。わたしたち の地域保健活動は、健康教育を通して適切な医療・予防の知識を伝達すると 共に、住民が自分たちで考え、工夫・提案していく力を持つようになること を目標としている。

「現代医療」との関わりはうすくても、住民たちにはその土地にあったそ れぞれの生活習慣と適正な医療がある。しかし、昔からの固定観念や誤っ た言い伝えに縛られていることもまた事実である。

バングラデシュのこの地域では出産時、切断した臍帯(臍の緒)に牛の糞 をつける習慣がある。こうすると出血が止まるといわれているのである。こ の習慣により破傷風(破傷風菌からの毒素が全身に回って神経が冒され、全 身の筋肉の痙攣(けいれん)を起こして、病人の約半数が死亡する病気)を 引き起こすのである。

「よいこと」とされている習慣を変えることはとても難しい。平穏な村に 突然「よそ者」がやってきて住民たちの行動を否定し、変化を求めたとして も、反発が起こるのは明白である。彼ら/彼女らの行動の謂れを知り、理解 を示し、その地域に適切だと思われる方法を考え、行動変容を促していくべ きである。地域保健活動は一方通行では低い効果しか得られない。相互作用 を引き出すことにより、その最大の効果を得ることができるのである。

わたしたちの活動はまず、地域を「知る」ことを最優先課題とした。マイクロ クレジットで築いた住民組織を皮切りに、活動地域をまわり、どんな疾病が多 いのか、どんな治療をしているのか、どんなことで困っているのか、などを質問 して歩いた。AMDAヘルスセンターとこれから始まる地域保健活動についても説明 を行い、それらに対する住民からの要望を聞いてまわった。

最近、AMDAヘルスセンターを訪れる患者の数は徐々に増え始めた。2月 からは経験豊富な助産婦も活動に加わり、出産を控えた妊婦とその親が診療 所の様子を伺いにくるようになった。村々をまわった地道な活動の効果が出 てきたようである。

2月27日、初めてAMDAヘルスセンターで新生児が取り上げられた。妊婦は17時間 苦しみぬいた末、男児を出産した。女性職員は全員出産の介助に入り、男性職員 は皆部屋の外で産声を待っていた。AMDAヘルスセンター職員は皆、患者の家族と 一体になって赤ん坊の無事を祈っていた。そして赤ん坊が産声をあげたとき、 部屋の外では歓声が上がっていた。

とても小さな第一歩ではあるが、職員は確実に地域住民と心を通わせる喜 びを得たのではないかと思う。こんな気もちの積み重ねが、地域を思う心、 よりよい地域にしていきたいと感じる心につながるのではないだろうか。

AMDAヘルスセンターの職員は皆、意欲的に働いている。「日本の人たちから の援助を無駄にはしたくない」、そんな職員からの言葉に自分自身も気が引 き締まる。わたしたちの活動はまだ始まったばかりだ。下痢疾患・感染症・ 栄養失調・砒素混入井戸水・妊産婦死亡・乳幼児死亡…地域の中の健康問題 は山済みである。ひとつひとつ確実に、そして住民と共に、取り組んでい かなければならない。AMDAヘルスセンターの職員が地域住民に溶けこめる 日も遠くはないだろう。3年後そして5年後のこの村々が今とは違った様相 を呈していることを期待し、一歩一歩確実に活動を進めていきたい。




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