バングラデシュ

総合開発プロジェクトの理想と現実

AMDAバングラデシュ 大野 伸子
AMDA Journal 2003年 4月号より掲載

ムンシゴンジ県ガザリア郡はバングラデシュの首都ダッカより南に30Kmほど下った場所に位置してい る。ダッカへのアクセスは比較的良いものの、メグナ川という大きな川に囲まれたこの土地は洪水の被 害を受けやすく、発展への大きな阻害要因を抱えている。

ガザリア郡におけるプロジェクトは、1998年に起きた洪水の被害者に対する緊急援助と言う形で始ま った。在バングラデシュ日本国大使館の資金的援助を受け、洪水の被災地域に緊急シェルター、居住用 の建物、簡易トイレなどを建設した。その後、1999年1月にマイクロクレジットを中心とした活動を開始 し、長期総合開発プロジェクトへと徐々に成長を遂げた。現在は、マイクロクレジット、職業訓練、ヘ ルスセンター(小診療所)における医療サービス、保健衛生教育などが展開されている。

マイクロクレジットとは、バングラデシュ全土で様々なNGOや銀行により展開されている小額融資(日 本円にして1万円から5万円程)を貸し出すプロジェクトのことである。中でもグラミン銀行やBRACなど 世界的に有名な組織では、5、6人程度の女性からなる小グループがいくつか集まって20人から50人ほど の人数で毎週のように住民集会を開き、そこでお金を回収する方法を開発した。現在ではバングラデシュ の多くのNGOがその方法を模倣している。AMDAバングラデシュでも同様な手法を取り入れ、マイクロクレ ジットを展開してきた。また、このような住民集会において、スタッフにより定期的に保健衛生に関す る基本的な知識の伝達や生活衛生改善指導などが行われている。2002年からは、さらに職業訓練及びヘ ルスセンターにおける医療サービスなどが加わった。現在は、木工、電気・溶接、縫製、手工芸、コン ピューターなどの職業訓練と、医者による診断サービス、薬剤の処方、助産婦による分娩介助、入院治 療、血液検査や尿検査などの医療サービスが行われている。

ここに至るまでにAMDAバングラデシュやそのスタッフがどのような紆余曲折を経て来たのかについては、 現地ディレクターのラザック氏に説明を譲るが、私が着任した2002年8月時点では、拙いながらもAMDAバ ングラデシュは複数のプロジェクトを同時運営している状態であった。

これらの幅広い活動を行う発端となったのは、1997年にダッカにおいて開催された第12回AMDA国際会議 で提言されたABC(AMDA Bank Complex)コンセプトである。ABCコンセプトとは、マイクロクレジットに よる収入向上、教育、保健と三つの側面から住民の生活を向上させることを目指したものである。カギ となるのはマイクロクレジットであり、受益者となる住民に小規模融資を比較的低利子で貸し出すこと によって彼らの収入向上を促進するというメリットとともに、利子回収の利益によるプロジェクト運営 組織の資金力強化というメリットが期待されている。

バングラデシュ赴任にあたって私が本部より言い渡されたミッションは、「ガザリアプロジェクトの持 続性(Sustainability)の確立に目途をつけること」であった。私自身はこの総合的プログラムの「資 金的自立」を達成することと短絡的に解釈してしまったが、「持続性」とは資金力でのみ測られるもの ではなく、技術力、組織力など総合的な視点で判断されなければならない。

私の着任時のAMDAバングラデシュは、複雑なプロジェクトを日々の活動の中で何とかこなしてはいたが、 技術力、組織力もまだまだ強化されなければならず、また保健衛生教育や医療サービスなどは資金的・ 人材的制約もあって質の改善まで行き届かないような状態であった。資金の目途をつけるためにマイク ロクレジットの運営を軌道に乗せれば済むことであろうと、着任前に若干楽観的に構えていた私にとって は、バングラデシュでのミッションは予想以上の大仕事となった。資金力強化の前に、まず組織力と技 術力を強化することが先決であろうと判断したわけである。

組織力、技術力といっても所詮は個々のスタッフの働きにかかってくる。組織力や技術力を高め、質の 高いプロジェクトを実現しようと思ったら、優秀で信頼できるスタッフを雇うことが必須であるが、残 念ながらAMDAバングラデシュには高い給料を提示して新しいスタッフを雇う余裕があまりなかった。ま た、現地ディレクターのラザック氏も現在のスタッフと共に苦労してここまでプロジェクトを育ててき たという自負があり、大々的に人材を入れ替えるという考えには難色を示していた。

そこで、当時20名程度であったスタッフのキャパシティー・ビルディング(能力開発)を開始すること となった。始めの3か月は毎日ほとんど休み無く、フィールド訪問に加え職員のトレーニングやら面接や らを行い、時には他のNGOから講師を呼んでかなり専門的な分野のトレーニングも行った。トレーニング の内容は、PRAやロジカルフレームワークなどのリサーチ及びプランニング手法、保健衛生教育、マイク ロクレジット経営診断、零細企業育成(microenterprise development)指導要領、ジェンダー教育、レ ポート作成能力向上などなど、多岐に渡った。PRAや保健衛生教育についてはAMDA本部の岡安氏派遣によ り8月に集中的なトレーニングが行われた。

スタッフキャパシティービルディングの様子
働く女性と村の女性を題材に行われたワークショップ

毎日のプロジェクト活動と同時並行でスタッフのキャパシティー・ビルディングを行うのは非常に骨の 折れる作業であり、また、スタッフにとっても勤務時間外の拘束にうんざりしているかと思いきや、意 外に皆熱心であった。トレーニングの一環として様々な宿題を出したが、一部のメンバーについては夜 中の2時3時までかけて仕上げている様子も見受けられた。もちろん、スタッフ全員が最後まで付き合っ てくれたわけではなく、途中やる気をなくすものもでてきた。私としても特に参加を強要はしなかった し、やる気のある者だけが残れば良いと思いつつ、最後には全員脱落するのでは?という不安も抱えて いた。しかし、3か月経過したころには、4名ほどのメンバーが著しく変化してきたのが見て取れ、私に とっては十分満足のいく結果となった。

キャパシティー・ビルディングに続いて、組織の再編成に取り組んだ。着任時に問題点の一つと感じて いたことは、マイクロクレジットや職業訓練など各プロジェクト間の連携がうまくとれていないことで あった。各プロジェクトの日々の活動を個別に観察した場合にはそれなりにうまく回っているものの、 それぞれが独立して運営されているという観があった。ABCコンセプトとは言うものの、事業の融合がみ られなかったわけである。プロジェクト同士の連携のあり方を改善するために、組織の再編成を行うこ とが必要であった。

よくバングラデシュ在住のJICA(国際協力事業団)や他のNGOの友人、知人と集まると、バングラデシュ 人の悪口が話題にのぼる。バングラデシュ人は指示されたことしかしない(もしくは指示されたことす らしない)責任感が無く全体観から仕事をとらえられない人が多いとなげく。バングラデシュはイギリ スによる植民地統治時代の名残からか、かなり階層的な社会であると感じる。職場においてもディレク ターから掃除夫まで各スタッフの役割は細分化されている。組織上層部の人間は、自分の机の掃除やコ ピー取りなど、細かい仕事はまず自分ではやることがない。一方で下の人間については、自分が上から 指示されたこと意外はやらなくても良いと感じているのか、1人が組織全体、プロジェクト全体のために 働いているという意識があまりにも薄い。

そのようなバングラデシュの悪しき習慣も災いしてか、20名程度と中小レベルのAMDAバングラデシュの リーダー達もどこかトップダウン的な所があり、下から上への連携及び横の連携が弱いように感じられ た。そのため、組織の再編成作業として、各プロジェクトのコーディネーション、組織図の組みなおし、 適材適所な人材配置、各部署ごとのチームビルディング、マネージャーレベルのスタッフの意識変革、 やる気のある者には年功序列関係なくより責任の思い仕事を与えてみるなど、様々なことを試みること になり、現在もこの改革は進行中である。

現在はスタッフの数も30名以上に増え、プロジェクト間の連携、規模の拡大、質の向上なども徐々に進 んできている。また、12月から派遣看護師で保健衛生専門家の添川さんが加わってくれたことで、保健 分野のプロジェクトも急ピッチの改善を進めている。4月からは、妊産婦や子供を対象としたプロジェク ト、ボート巡回診療などが始まる予定である。

とここまで聞けば、プロジェクト改革は順調に進み、持続性確立の目途もついたかのように思われるか もしれない。しかし、現実の組織改革やプロジェクト改革は一進一退である。様々なトレーニングの機 会を与えたスタッフが急に辞めたり、医療関係のスタッフのリクルートがなかなか進まなかったり、パ フォーマンスが改善するどころか逆に落ちるスタッフも出始めるなど、頭の痛い局面に何度か直面した。 忙しさからかスタッフの不満がかなり高まっていた時期もあった。何人かのスタッフに不平不満を言わ れたが、「文句があるなら辞めろ」とケンカ腰になってしまうこともあった。今になってみると大人気 なかったとも思うが、それほど彼らに期待もしていたのかもしれない。

多くのNGOが競合するバングラデシュというフィールドでは、質の高いプロジェクトを行っているかどう か、受益者である住民により厳しい目にさらされる。質の高いプロジェクトを提供しようと思えば、質 の高いスタッフが必要となる。質の高いスタッフを雇おうと思えばそれなりの資金力がいる。資金力が なければ現在のスタッフを育成していくか、プロジェクトを魅力あるものにして人材を引き付けるしか ない。結局のところ、時間はかかるが一人一人が成長し、プロジェクト地域の発展や人々の生活向上に 貢献できる人材になっていくことが、一番確実な道なのだと感じる。スタッフの成長、組織の成長、プ ロジェクトの成長は一体であり、すべては人で決まる。

バングラデシュは1971年の独立以来、多くのドナー機関、国連機関、NGOが農村開発、保健、教育などに 関わるプロジェクト活動を展開し、開発援助の一大実験場と化してきた。この国に毎年注がれる開発援 助の額は実に国家予算の5割程である。その甲斐あってか、過去30年間に飢餓などにさらされる人々は 急速に減少し、乳幼児死亡率などの数字も徐々に低下してきている。しかし、相変わらず一部の富裕層 を除いては、多くの人々がその日その日を何とか生き延びているような状態にも見える。また、援助慣 れしてしまったバングラデシュ政府機関や役人には援助機関へのたかり癖が垣間見られ、この国を自分 達の力で良くして行こうという気概はあまり感じられない。

一体いつになったらこの国の何千万人もの貧しい人々が貧困から脱却できるのか、ガザリア郡というバ ングラデシュに487郡もある郡のうちの一つで活動しているにすぎない我々でさえ途方にくれる。バング ラデシュで国際協力に携わる多くの人が、この国の人々の生活向上に何とか貢献したいという志を抱き ながらも、こうした理想と現実のギャップにジレンマを感じているのではないだろうか。

一方で、地域の発展や貧しい人々の生活改善に貢献したいと願ってNGO の仕事に関わっているバングラデシュ人もちゃんと存在する。そのような人 々の情熱や成長を信じて、外国人としてできるだけのサポートをしていくし か我々には術はない。また、AMDAバングラデシュにもそのような人材がも っとやってきてくれることを願っている。

住民ミーティングで村のマイクロクレジットメンバー及びスタッフと話す鈴木本部長

幸いなことに、ここ半年近くの間にスタッフも大きく成長してきた。ディ レクターのラザック氏の指示が無ければ、毎日の単調作業をこなしているだ けであったスタッフ達も、プロジェクト全体の運営や、コミュニティーの人 々にどうしたらもっと質の高いサービスを提供できるようになるのか等、よ り真剣に考えるようになってきていると感じる。AMDAバングラデシュには 毎日夜中の12時、1時まで残業するような若手メンバーもいる。彼らは仕事 が楽しいと言う。自分が成長していくことも、自分の組織やコミュニティー が変わっていくのを見ることも楽しみで仕方がないと言う。私がスタッフに 無理強いしながらも、ここまで集中的に活動が行えたのは、何よりこのような スタッフの存在による所が大きいと感謝している。

AMDAバングラデシュはようやくこれから「コミュニティーや社会を改 善する」ための本格的なプロジェクトを開始していこうとしている。プロジ ェクトを成功させるためには、まずスタッフや我々自身が変わらなければな らないし、また、「バングラデシュ社会やバングラデシュ人は所詮変わらな い」という無力感と戦い続けることを覚悟しなければならない。多くの問題 を抱えたバングラデシュという国の深刻な状況を憂いつつも、一人一人のス タッフの成長ぶりは、「この国がいつか援助に頼らなくなる日が来るかもし れない」という希望を私に与えてくれている。

ちなみに、現地ディレクターであるラザック氏の次男坊は、私が着任して から半年の間に、1人で立ち上がり、よちよち歩きを始め、歯が生え、最近 はカタコトを話すようになるなど、著しい変化を見せた。プロジェクトの成 長、一人のスタッフの成長を見る喜びは、子供が毎日成長していくのを見る 喜びにも似ているかもしれない、などと思いつつ過度な期待でスタッフをつ ぶさないようにしなければならないとも自重している。

最後に、これまで様々な形でご協力くださった在バングラデシュ日本国大 使館、新潟国際交流協会、庭野平和財団、AMDA名誉顧問岩本淳氏、筑波大 学有志の皆様、子供NGO「懐」の高森医師及びメンバーの皆様に改めて感 謝申し上げます。




緊急救援活動

アメリカ

アンゴラ

イラク

インドネシア

ウガンダ

カンボジア

グアテマラ

ケニア

コソボ

ザンビア

ジブチ

スーダン

スリランカ

ネパール

パキスタン

バングラデシュ

フイリピン

ベトナム

ペルー

ボリビア

ホンジュラス

ミャンマー

ルワンダ

ASMP 特集

防災訓練

スタディツアー

国際協力ひろば