ASMP特集

インドネシア合同慰霊祭参加記

天理教本雄分教会  関根 慶三
AMDA Journal 2004年 8月号より掲載

2月24日、インドネシア、スラウェシ島のウジュンパンダンで行われたASMP合同慰霊祭に参加させ ていただきました。ベトナム、フィリピン、カンボジアに続いて4回目です。

私はAMDAの活動には直接参加したことはないのですが、大学卒業後、天理教の派遣で、JVC(日本 国際ボランティアセンター)のインドシナ難民救援活動に参加し、タイのパナニコム難民キャンプ にしばらく滞在したことがあります。それで、4年前に平野氏より、ASMP合同慰霊祭に宗教者天理 教人として参加してみないかと誘われた時、二つ返事で参加を決めました。(もっとも、昔から、 良いことも悪いことも、平野氏のお誘いには大抵のりますけど。)やはり、ASMPは私の日ごろの信 仰信念にフィットするものでして、平野氏よりAMDA菅波代表の「魂と医療の救済」という信条をお 聞きし、ASMP合同慰霊祭の、魂の救済の部分に多少なりともお手伝いできることを、心よりの喜び とし、ここのところ、次の合同慰霊祭が待ち遠しいほどです。

私は仕事柄(旅行会社を経営しています)海外に出る機会は多いのですが、今回のスラウェシ島、 マカッサルと聞いた時、どこ?と、一瞬戸惑いました。そして、そこが、学生の頃、地理で習った インドネシアのセレベス島で地図にはウジュンパンダンと載っている都市である、と知ったのはし ばらくたってからでした。今回はどこに行くの?と娘に聞かれ、ニューギニアの近く、と答えると 、「ゲッ!あのペニスサックの人たちのいるところ?」と云われ、マカッサルのイメージが全くな かった私は、おみやげに、ペニスサックでも買ってくるか」と言い残して日本を発ちました。2月23 日にガルーダで成田からバリに入り、その夜、平野氏と合流。翌24日、1時間ほどのフライトでマカ ッサルについたのは午前10時過ぎでした。

空港にはAMDAインドネシアのDr.タンラの息子さんと、スタッフのMr.マスードが出迎えてくれ、 そのまま会場のワヒディン病院に向かいました。前日、平野氏より、マカッサルは、スラウェシ 島第一の都市で、人口100万人以上と聞いていたとおり、街の中はマレーシアの地方都市そっく りで、ペニスサックの人など一人もいませんでした。ワヒディン病院はとても大きな病院で、 まず、Dr.タンラにお会いし、今日のスケジュールを伺いました。ASMP合同慰霊祭は、いつもあ らかじめAMDAより日程表をもらっているのですが、その通りになったためしはなく、カンボジ アでは1時間も空港で持ったこともあり、はじめは不安でしたが、スタッフ紹介、会場案内な どなど、いくつか変更はあったものの、Dr.タンラのきちんとした対応ぶりに今回の合同慰霊 祭の成功を確信しました。

控え室で、教服(天理教の儀式を行う服)に着替えましたが、本来は黒い教服が、今回は特注の からし色! 平野氏の、現地の人々に安心を与える色という配慮からも、彼のASMPへの意気込みを感じました。

今回の慰霊祭は、マカッサルの日本国総領事、渡辺泰勝氏も主席され、「MULTYFAITH PRAYING CERE MONY」とプリントされた横断幕の前で、我々天理教2名の他、イスラム教、カトリック、プロテスタ ント,ヒンドゥー教、仏教と6教派の聖職者がそれぞれのやり方で慰霊の儀式を執り行いました。病 院のホールには病院関係者も大勢参加し、テレビクルーもきており、中々の盛況裏のうちに、約 2 時間の式典もお開きとなりました。Dr.タンラが「6つの宗教が1つ所で式典を行ったのは、初めての ことです。本当にすばらしい」と何度も喜びの声をあげていたのがとても印象的で、イラクやパレ スティナの惨状など、世界中での多くの紛争解決の手立てになればと願った次第です。

25日はDr.タンラの別荘のあるマリノ(マカッサルより75Km、車で2時間)でも慰霊の式をやってほ しいとのことで、朝から出発しました。山道をあがっていく途中、方々に洞窟のような穴がありま す。Mr.マスードより、「これは日本軍が戦争中隠れた穴です。」と説明を受けるにつけ、こんな 山の中まで兵隊さんたちが来たのかと驚くとともに、段々畑と穏やかな現地の人々の笑顔のむこう にある、悲しい一時代を垣間見たような気がしました。午後から大雨の為、野外で予定されていた 式典は中止になりましたが、Dr.タンラのご寄付によって作られたモスクや幼稚園を見学し、JICA で派遣されている日本の方々と交流を持ちました。

26日、いよいよ最終日。マリノからマカッサルへの帰途、「日本の日東紅茶の工場があるから見てい かないか」と言われ上がって行くと、建物こそオンボロだが、見渡す限りのお茶畑,お茶畑、お茶畑 。いったいどれくらい広いのか?茶摘の時は、近郷一体の人たち数千人が集められ、日給80 円で働く そうです。私達が日本で飲むティーパックが、こんな所から来ていたとは!世界中がグローバル化し ている現代の様を、こんなところからも感じられました。

この原稿を書いている最中、イラクで日本人3人が誘拐された、というニュースが飛び込んで きました。アメリカの正義、イスラムの正義、正義と正義の中、翻弄される人々。自分には 明確な解答は出せないけれど、日々の信仰生活そしてASMPの活動によって、少しでも世界が 平和に向かって行けばいいなぁと念じて今回の報告記といたします。

2004年4月9日




緊急救援活動

アメリカ

アンゴラ

イラク

インドネシア

ウガンダ

カンボジア

グアテマラ

ケニア

コソボ

ザンビア

ジブチ

スーダン

スリランカ

ネパール

パキスタン

バングラデシュ

フイリピン

ベトナム

ペルー

ボリビア

ホンジュラス

ミャンマー

ルワンダ

ASMP 特集

防災訓練

スタディツアー

国際協力ひろば