ASMP特集

ベトナム慰霊の旅

天理教岡山国際救援委員会代表  平野 恭助
AMDA Journal 2001年 2月号より掲載

 AMDAの依頼を受け11月末ベトナムはハノイへ行ってきた。その依頼とは次の如くである。

 ある夜AMDAの菅波代表より電話があった。「平野さん、 宗教家にしか出来ないことをお願いしたいんですが、引き受けてくれますか。 ルワンダ難民キャンプでの平野さんの沈着冷静な行動と実績を見込んでのことですよ。」と、 いつもながらのうまい調子でこちらの自尊心をくすぐりつつ話を持ち出してきた。

 今回AMDAが計画しているのは、 アジア諸国のかつての戦地において戦死した日本軍関係者と巻き込まれて死んだ現地の人々の「魂の冥福」を慰霊し、 残っている現地の人たちの為に「母と子の健康推進のためのヘルスポスト(簡易医療施設)」 を建てて国際平和に貢献するといった内容のプロジェクトである。

 すなわち私たち宗教家に関係国に赴いてもらって現地の宗教者との合同慰霊祭を実施してもらいたいという依頼である。

 対象となる国はミャンマー(元ビルマ)、カンボジア、インドネシア、フィリピン、そしてベトナムの5ヵ国である。 太平洋戦争中日本軍の進攻により大小の戦禍を受けた所だ。 そういった場所で合同慰霊祭なるものを行うことの是非は判断しかねたが、 現地での救援活動の一助になるのであればという思いから私は参加の意を表明し、 目的地はタイの信者訪問かたがた比較的簡単に足をのばせるベトナムを選んだ。

 他宗の僧侶の方々は仏教国のミャンマーやカンボジアを選択されたため結局ベトナムは天理教の私一人となった。 慰霊祭も天理教式ということになり、どう行うべきか経験もないゆえ茫洋たる思いでいたが、 祭文を書く段になって日本の戦争責任という社会的観点からも内容に細心の注意を払わねばならないと気づいた。

 前会長である父がその点をいたく懸念し、私に代わって祭文を書いてくれた。 他教会にまで行って過去の例文を調べたりしてかなり頭をひねって書き上げてくれたようである。 また、役員のOさんには玉串の準備をお願いしたりでご苦労をおかけした。

 社や三宝、御幣なども揃えいざ出発となった時、AMDAの鈴木氏より電話があった。 「平野さん、すみません、ベトナムは社会主義国で他国の宗教が自国内で宗教儀礼を行うことは禁止されており、 今回は天理教としての慰霊祭ができなくなりました」と。出発の直前になってこの通達である。 担当の鈴木氏は電話の向こうで平謝りに謝るだけ。普通なら怒り心頭、どうしてくれるかと損害請求でもする処であるが、 ここで平静を保つのが宗教家としての真骨頂。まあこれもいつものAMDAの行動パターンが出ただけだと気を取り直し、 今さらチケットの変更もきかないこともあり、当初の予定通りベトナムに入ることにした。

 首都ハノイはベトナム第二の都市である。 社会主義国といってもドイモイ政策以来自由主義国の風が吹き込まれ国全体が活気づいたように見えるベトナムではあるが、 その中でも思ったよりハノイは落ち着いた雰囲気がある。

 合同慰霊祭が行われるのはそのハノイから約200キロメートル離れたタイピンという貧しい町である。 空港からタイピンへ向かう車中、現地AMDA駐在代表の大川氏がベトナム事情を色々語ってくれた。

 やはりベトナムは社会主義国の旧態依然たる因習がまだ色濃く残っており、特に政府にあたる人民委員会の権威が強く、 何事も人民委員会にスジを通さねば物事が成り立たない。今回の合同慰霊祭も話が出てから一ヶ月足らずであったが、 本来なら半年以上も前から準備し許可を得るべく事を運ばなければならない。つまり人民委員会との調整が十分ではなかった。 それでも宗教がこの国で慰霊祭を行うことが認められたということ自体画期的なことだと大川氏は云う。

 結果的にはベトナム国内の仏教寺院で現地の僧侶を中心として慰霊祭が行われたのであるが、 外国の他宗教が宗教色を出してそれに当局が参加するという形式はまだ不可能なのであろうと私なりに理解した。

 慰霊祭は聖隆寺という寺院で行われ、当日ベトナムからは僧侶・信徒約百余名の他、人民委員会の幹部や現地関係者十数名が列席し、 日本からはAMDAの鈴木氏に現地スタッフ、またベトナムとの取引関係にある中小企業の社長さんたち十数名が参列した。 私の立場は日本からの『一参加者』であった。




 一回目の慰霊祭は終わったがAMDAが今後この地にヘルスポストを建て救援活動をするには色々配慮しなければならない点も多々あるようだ。 人民委員会との関係を円滑なものに保たねばならないし、 またヘルスポストを適切な場所に設置するためにも大使館とのコミュニケーションを密にとっておかねばならない。 さらに建設費・運営費といった経済的な支援は先の企業の社長さん等もある程度バックアップしてくれるとのことであるが、 肝心の人材即ち医療スタッフがどれだけ確保でき、どれだけ永続的に勤められるかが問題であろう。

 ベトナムの医療はまだ発展途上にあり、また病気になってもお金がないため病院へ行けない貧困家庭が多いと聞く。 そんな中AMDAがヘルスポストを建て医療支援をすることは大いに意義深いことであり、 是非ともこのプロジェクトは成功してほしいと切に思う次第である。




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