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インドネシア・ジャワ島中部地震復興支援プロジェクト
北に噴煙、下に余震、南に雨雲
 
AMDA本部職員 小西 司
復興の槌音

 破れかけた白いバナーに、復興支援の言葉と、団体や会社の色褪せたロゴが描かれている。ひび割れた診察室の壁、崩れたトイレ、壁が倒れたまま瓦礫の散乱する床。震災からすでに半年を経た今では、バナーは木の葉のように風に揺れている。「屋内使用危険・要修復」との張り紙がされた診療施設と、その前に張られたテントで今も診療は続けられている。この診療所の職員の話では、「外来棟が全壊して、ひび割れたこの産科棟も危険なのは判っているけれど、ここで診察するしかないですよ。外来診察はあのテントです。あのバナー?5ヶ月前だったかに、5人くらいの人が来て『施設を再建してあげます』、と言って、バナーを張っていったけれど、それからは何も連絡してこないですね。」すでに期待していない、という表情であった。安全な場所にいる人たちにとって災害は、これほど簡単に忘れられるものなのだろうか。

 地域によって差はあるが、未だテントで暮らす人たちも散見される。崩れた家屋や門柱、路傍の瓦礫などに震災の爪あとが生々しい。一方、すぐ横では家屋再建の槌音が響く。アクセス困難な離島での災害や、広い範囲で地区ごと消滅するような津波災害に比べ、ジャワ中部地震では土地やインフラの損壊が比較的少なかったこと、地域の中核であるジョグジャカルタ市街の被災が大きくなかったことが、復興のテンポを速めている可能性もある。震源地バントゥールの市場にも活気が戻っていた。

 AMDAが5月から6月にかけて緊急救援で巡回診療を実施した、プランバナン地区の保健センターでは、一部修復工事が始まっていた。村人の話では、スラバヤ市の篤志家からの寄付で修復が始まったという。実際、バントゥール県内のいくつかの復興計画をみると、国際団体やNGOに加えてインドネシアの有名企業も復興に名乗りをあげている。


緊急救援

もっとも、そうした復興計画中の保健施設をたずねても、前述した所のように、必ずしも再建や修復が実施されているとは限らない。県保健局によると「口頭で約束」されたもののまだ実行されていないところもあるとのこと、計画はまだ半分も達成されていないようだった。

 「バントゥール県全体で50箇所近い保健施設が被害をうけました。全壊は12箇所、8割程度の損壊で使用が危険と言われているのがまだ20個所以上ある。診療できなくなった地区の患者は診療を続けている他の地区の施設へ通っていて、復興を急ぎたいが、追いつかない。大学の専門家に全施設の調査をお願いし、使用危険な建物は修復するまで使用中止した方がいいのだけれど、当分は使いつづけるしかない。未だテントでの外来診療も続けているが、雨季に入り、難しい」県保健局広報・復興計画担当アグス氏は顔を曇らせる。保健局の建物も一部損壊したまま、現在も作業の一部はテントでされている。復興の青写真は掲げられているが、政府による再建の時期については、ため息混じりになる。9月からようやく、使用不能な保健施設建物の解体作業が本格化したという。

復興に求められるもの

 緊急救援時には、いち早く被災者に手を差し伸べるとともに、見つめるまなざしと勇気付けるメッセージが必要だろう。復興の時期になると、多様な活動が求められ、必要な取り組みは異なってくる。同じ復興事業でも、仮設による中間的な再建支援の場合は、再建の主体である住民の取り組みを支援することになるであろうし、時間もかかる。一方で公的医療機関への支援、特に復興建築への協力では改良モデルを提示し、災害対策を作りこむ(同じ災害で倒壊しない=減災)取り組みが求められる。AMDAは社団法人日本医師会様のご協力を得、ジャワ島中部地震に対する復興事業をすすめている。この事業では、復興の改良モデルを提示し、再発防止を技術的に支援することを主眼に置いてバントゥール県バングンタパン地域第三保健センター(Banguntapan Puskesmas III)の建設を行っている。


建物全景
ここでは仮設ではなく、現地では一般的な鉄筋コンクリート・レンガ壁構造をベースにしつつ、地震に強い現地型改良モデルの設立を進めている。
地震に強い技術的な取り組み

 9月まで随時、倒壊・半壊した建物を調査したところ、地域によって差異はあるものの、構造的に脆弱な建築物の損壊が目立った。それらに共通するのは、同じ建築素材を使用した場合でも、静荷重に対しては強度を有するものの、地震や衝突など揺動する加速度への対策では著しい差が見られたことである。  

 耐震強度は、(@構造的耐震設計)×(A材料とコスト)×(B手間と管理)で決まると考えられる。経済的に豊かではない社会では、構造的な耐震設計@を得る建築や、高い材料とコストAを使用するには限界があり、日本のような鉄筋コンクリート一体の耐震構造を持ち込んでも、地域の人たちには手が届かない。単体の復興事業としては成立するだろうが、モデルとして地域に紹介するには難がある。ローカル・イニシアティブを掲げるAMDAとしては、損壊を免れた建築物や被災者の経験を参考にしつつ、材料コストに大きな差をつけず、同じレベルの素材を使用しながらも、より強度を引き出すようにしていくことを追求していくことを目指している。現地により通じたAMDAインドネシア支部・AMSAインドネシア(マカッサル)などの協力を活かし、地域住民・建築業者などとの協議において、AMDAは免震対策としてAだけでなく、より手間Bをかけるよう、常に取り組んでいる。

 このため、11月に開いた住民集会での紹介や地元の建築業者との協議では、常に細部への配慮と計量が話題となる。実際に倒壊家屋で散見されたいくつもの脆弱な事例を紹介し、配筋が1cm違うだけで強度が大きく変わることを図に描いて説明した。

 中略

 建築現場では建築労働者から技術者、さらに地域の住民から所轄官庁まで、綿密な打ち合わせと信頼関係の維持が必要であるが、そこで要となっているのは、救援時にも活躍したAMSAインドネシアから参加している医学生メンバーである。今回は2名が参加してくれているが、その1人、エルリド・サンペパジュン氏は「建築は初めてで、勉強しながらの毎日です。でも、保健センターをつくる初めから関わることができて、とても興味深いです。」と、人の輪の中で毎日奔走している。


建築作業員

建築状況
 地域医療を担う保健センターは、災害時には緊急医療の拠点として対応することが求められる。「災害のスーパーマーケット」とインドネシア人が自嘲するほどに多発するこの地では、地震で周囲の家屋多数が倒壊しても、保健センターは倒壊せず、緊急医療に対応できる、という構造が期待される。ましてや地震に加えて背後にメラピ活火山を控えるジョグジャカルタ特別州ではなおさらである。
住民集会で

 11月4日にバングンタパン地区役所の公民館で開催された住民集会で、事業計画の説明書を配布しAMDAの建設計画を説明した。参加した住民からは「ARIGATO」と何度も握手を求められ、たいへんな歓迎と期待を受け、現在も建築は進んでいる。

 
 


 

 

 

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