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インドネシア・アチェ復興支援プロジェクト
 
AMDAインドネシア 金山夏子
はじめに
 2004年12月26日に起きた"歴史に残る大自然災害" スマトラ沖地震・津波被害。その激しい爪跡残るバンダ・アチェで支援活動を開始した2004年12月28日より、早くも二年以上が経過した。時間が過ぎると共に、国際社会の関心も薄れていくジレンマを抱えながら、アチェは二年間の復興過程を経てようやくここまで再建されたが、完全な復興まで更なる年数を要することは言うまでもない。また30年間に及ぶ内戦が津波後の2005年8月15日に終焉を向え、今後'復興'のみならず、より長期的な視野に基づく'開発'が重要となっていくことは、アチェで活動を続ける人道支援機関にとっても、共通の認識となっている。
紛争解決後の支援として
 2005年8月15日、30年間に及ぶアチェの紛争(インドネシア政府とアチェ独立派グループGAM間の対立)を終焉させる、歴史的なヘルシンキ和平合意が締結された。この和平合意を受け、これまで国際機関が入ることのできなかった地域へのアクセスが可能となり始め、この状況を逸早く受けたAMDAは、津波の被災地でもあり、且つ国内避難民や犠牲者をこれまで多く出してきた南アチェ県での事業開始を決定した。
2006年1月〜6月: 紛争解決直後の支援フェーズ
* 医療和平事業
 紛争当事者の双方に中立人道の立場から、医療協力をもって紛争の緩衝を図り、和平プロセスに寄与する試み。AMDAとしては4番目の医療和平事業となる南アチェ県では、国軍とGAMの双方から事業実施の合意を得、細やかな連携と報告に徹することで、和平後にも摩擦が残る双方との間にそれぞれ強い信頼関係を構築してきた。
REACH for PEACE "Peace Brings Many Friends for You!" :
(2006年1月〜2006年6月 南アチェ県内 5村 直接裨益者数 3,600名)
 津波の被災地で実施してきたREACHプログラムをベースに、紛争地域で育ってきた子供達のための心のケアを実施する。「移動図書館・保健衛生及び栄養教育」を軸にしながらも、「平和な心を学ぶための活動」として、イスラム教の歌やアチェの伝統民謡を使ってのダンス・セラピー、平和・友情・信頼を学ぶ機会としての創作活動も行なってきた。
巡回診療
"Medical Service Builds Healthy Community, Healthy Community Builds Peaceful Community" :
(2006年1月〜2006年6月 南アチェ県内 5村 直接裨益者数 4,260名)
 「和平合意により、紛争被害を受けた南アチェ県でも、ようやく医療支援活動が行なえるようになった。このAMDAのプレゼンスにより、地域住民の和平に対する自信と信頼を更に高めたい。」このメッセージと共に、アチェ出身の医師と地元の看護師をチームに加え巡回診療を実施。



巡回診療
AMDA Peace Community Center : 
(2006年1月〜2006年6月 南アチェ県内 5村)
 紛争の被害により破壊され、また軍の駐屯地と化してしまった保健所や放火された学校。こういった苦い経験を経たコミュニティーに、村の公共の場として、祈りや集会、コーラン読みの学習等といった多様な目的のために利用できる、"AMDA Peace Community Center"を5村で建設。AMDAの事業終了後も、地域住民にとって役立つ公共の場として利用されている。

AMDA Peace Community Center
津波震災後・紛争解決後の復興支援から開発へ向けて
 津波被災地にとっては震災から二年が経過、紛争の被害を受けてきた地域では和平合意から一年半が経過した。これまでは「被災直後」「和平協定締結直後」という位置づけの下、その都度、現地の声を聞き、その時に最も必要なニーズを吟味し、支援を提供してきた。しかし、津波被災者や紛争被害者の「支援を受ける受動的な姿勢」に、「復興を担う主体者としての自発的また自助的な姿勢」が不可欠となった時、支援する側にも新たな責任が課せられる。それが、「復興」から「開発」へと支援の目標を転換する最も重要な時と考えた。
2006年8月〜現在: 復興支援フェーズII 
 津波被災地のバンダ・アチェにおいても、そして紛争被害地の南アチェ県においても、より長期的・持続的な視野を持ち、コミュニティーが主体となって地域の再建に取り組む必要性、それを認識した2006年8月以降を、AMDAは復興支援フェーズII期と設定した。
津波被災児童のための心のケア支援プロジェクト (バンダ・アチェ)
"Trauma Care Project for Tsunami-affected Children"
 復興フェーズII期第一期目として、バンダ・アチェ市に隣接する大アチェ県内の避難所三ヶ所で事業実施 (Niefun、Bakoy、Paya Kameng)。

REACH : (2006年8月〜2006年11月 避難所3ヵ所 直接裨益者数 1,540名)
 2005年5月から、津波被災者の児童を対象に実施し続けてきた、社会教育活動を土台にするREACHプログラム。復興支援フェーズII以降、『サイコソシアル・サポート』の側面を重視する新たなプログラムへと発展させた。その大きな特徴としては、より長期的な視野に立ち事業に持続性を持たせるため、児童達と一緒に暮らす避難所/村落の青年層をプログラムの運営者として育成し、AMDAの事業終了後も彼ら、彼女らの積極的な役割により、REACHの活動がコミュニティーの手によって継続されることを目指している。


サイコセラピーのプログラム
心と体のケアを通じたコミュニティー復興支援プロジェクト (南アチェ県)
" Community Rehabilitation Project through Mental and Physical Health Care"
 復興フェーズII期第一期目として、南アチェ県内のTiti Poben村で事業実施。
REACH : (2006年8月〜2006年11月 南アチェ県内 1村 直接裨益者数 581名)
 南アチェ県においても先のREACHを実施し、児童の健全な育成に必要な環境整備において、コミュニティーのイニシアティブと自助努力を引き出すことを重視してきた。このようなコミュニティーとの共同作業を通じた児童(の心のケア)への取り組みが、同地域の平和構築と安定に寄与できることを新たな目標としている。

巡回診療 : (2006年8月〜2006年11月 南アチェ県内 1村 直接裨益者数 230名)
 AMDAの事業実施村は県・郡中心部から離れた地域にあり、村民が一般診療を受け難い、また郡病院の医師が定期的に巡回できないという問題を抱えている。そのため、南アチェ県保健省と協力し、郡病院医師の参加も受け巡回診療を行ってきた。一回の診療で一律の診療代を徴収し、'村落メディカル・ファンド'として、AMDAの事業終了後も、『コミュニティーが一定の医薬品を自己調達・管理する』、また『緊急時における交通費の立替』が可能となることを目指し貯蓄されている。

健康教育活動 (2006年8月〜2006年11月 南アチェ県内 1村 裨益者として村全体を対象)
 巡回診療と共に健康教育活動を実施するため、コミュニティーのメンバーからメディカル・ボランティアを選定し、AMDAの医師と看護師から基本的な保健教育を受けた後、一般のコミュニティー・メンバーへ健康に関する有用な情報が提供されることを目指している。これにより、日常の行動と健康状態の関係性に関する知識が向上し、AMDAのプログラムが終了した後も、地域住民が自助努力で健康的な生活を維持することが可能となると考える。また、このメディカル・ボランティアが、村落メディカル・ファンドを村長と共に管理し、村民への医薬品の販売と調達や、緊急時の交通費ローンの提供を行い、村内における'村の薬局'と'緊急時のための交通費ローン'を運営・維持していく。
結びに
 初対面のアチェの人々との会話は、常にここから始まる。
     「アチェにはもうどれくらい住んでいるのですか?」
     「二年になりますね。津波の10日後に来ましたから。」
     「そう、もう随分と長く滞在しているんですね。」
アチェの人々も、『津波から二年』という時間を長く感じるのだろうか。

 二年前に瓦礫と残骸の山と化し廃墟となった地域は今、元通りの活気溢れる大マーケットとなった。津波前には村が存在したことなど決して信じられない程、ただ延々と続く何もない沿岸地域には、養殖や植林という新たな方法で土地が利用され始めた。
 二年が経過し大きな復興が目に見えることを嬉しく思う一方、二年前に建設された仮設集団住居が老朽化し衛生状態は悪化を辿り、そしてそこには同じ避難民の方々が今も変わらず生活を続けていることに、やはり「二年が経過しても・・・」という思いは拭えない。ただ、アチェの人々が望む復興を完全に実現するには、やはり二年はまだまだ短すぎる期間であることも事実なのである。
 日に日にかわる人々と地域のニーズに、「早急性」と「慎重性」「即効性」と「持続性」の全てが要求されるアチェでの人道支援活動は、国際社会全体にとっても今後も変わらず大きな挑戦であり続けることは間違いないであろう。
 人道、政治、協力、競争、このような要素が複雑に絡み合うここアチェにおいても、AMDAがこれまで支援活動を継続できたのは、紛れもなく日本の支援者の方々からのご理解、復興の主体者でもあるアチェ出身のスタッフ、そして彼らとのチームワークを組むインドネシア人と日本人スタッフ全員が、懸命に日々の業務に従事されてきたおかげである。この二年間で築くことのできた経験・教訓・信頼をもって、いよいよ次の三年目の挑戦が始まった。これまでと変わらないご支援を願うと共に、今まで以上にアチェの復興と平和に寄与できる事業が実施できることを強く願う。

 


 

 

 

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