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眼科治療を待つコソボの子どもたち
AMDAコソボ支部の活動
大林 純子
 アムダは旧ユーゴスラビアの内戦で傷ついた人々を支援するため、1999年にコソボ支部を開設。疲弊した現地の医療施設の再建や医療技術の向上を助ける活動を続けてきました。

 1999年、内戦下でのコソボ難民救援活動の際にAMDAチームは眼のガンといわれる「網膜芽細胞腫」に侵されているネジール君(当時3歳)に出会いました。この難病の手術はコソボでは不可能であったことから、アムダでは多くの方々の協力を得て、ネジール君と担当医師ガズメンド先生を日本に招いて手術を行うと共に、技術支援のための医療研修を行うという事業を展開しました。このことをきっかけとして設立されたコソボ支部では、ガズメンド支部長による眼科治療を通じ、今日まで医療支援を続けています。ガズメンド先生は現地プリシュティナ大学病院の眼科医長として、医療活動のみならず後任の指導にも忙しい日々を送っておられます。昨年10月、そのガズメンド先生から菅波代表宛てに支援要請の手紙が送られてきました。

 あの当時と比べて改善はされているというものの、コソボでは医療機器や部品が依然として極めて不足しており、ネジール君のように眼の治療を待っている子どもたちが大勢います。ガズメンド先生は、その手術のために必要な、日本製の医療用品がコソボではどうしても手に入らなくて苦労していました。


Dr. Gazmend
 この医療用品とは涙小管炎という病気の手術に欠かせない「ヌンチャク型チューブ」というシリコン製の特殊なチューブで、ガズメンド先生はコソボでこのチューブを使った緻密な手術を行うことのできる限られた医師なのですが、コソボの医療現場ではチューブが手に入らず一年以上も手術できない状態が続いています。AMDA本部では遠いコソボで孤軍奮闘しているAMDAコソボ支部を支援するために、この手術用の日本製チューブを贈呈することにしました。

 1999年に日本で手術を受けたネジール君も今年で11歳になり、毎日元気に学校へ通っています。コソボで一人でも多くの子供たちが治療を受け、元気に未来を迎えられるよう、AMDAではこれからもできる限りの支援を続けていきたいと思っています。

 

 


 

 

 

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