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スーダン ダルフール緊急医療支援プロジェクト ダルフール雑感2
 AMDAスーダン 館野 和之
 スーダンの国内避難民は推定500万人以上と言われている。この国の人口は3600万人だから、およそ7人に1人が家を追われていることになる。しかし、そもそもこの国の国内避難民はキャンプにいない場合も多く、人数を確定できない。国内避難民の数だけでこの国が抱える問題を想像することは至難の業だ。数字は数字以上の意味を持たず、個人の事情を何も説明しない。かけがえのない家族の死や離散も単なる「1」に還元されてしまう。紛争や災害を数字だけで語ることは危険を伴うと思っている。
 しかし、あえて数字を挙げると、ダルフールでの国内避難民はおよそ180万人。紛争地だが、反政府勢力に特定の支配地域があるわけではない。軍事境界線や前線がなく、政府軍、反政府武装組織、民兵によるゲリラ的な戦いが繰り返されている。こうした地域では、どこに行っても紛争に巻き込まれる可能性がある。ニャラ市内の治安は保たれているが、それ以外の情勢は不穏だった。残念ながら、「ちょっと旅行へ」といった気晴らしは願うべくもなかった。
 2005年初頭から、AMDAはニャラ市民病院への支援を開始した。外来診療部門(OPD)を中心に機材を投入し、OPD検査室のスタッフへトレーニングを行ってきた。
 11月、ニャラに赴任した直後、心電計(ECG)マシンの技術指導が開始された。参加した医学生は、技術指導のみならずAMDAの活動に強い興味を持ったようだ。年が明けても、彼とは病院内でよく顔を合わせた。そのたびに、「次はどんなトレーニングをするのか」と訊かれ、恐縮したものである。せっかく関心を寄せてくれても、事業は完了間近なので新たなトレーニングは予定されていなかったからだ。

南ダルフール保健室にて、AMDAの支援活動に対して保健大臣から謝辞を受ける筆者(左端)

 エコー(超音波検査器)を病院に投入し、医師たちへの技術指導を開始したのは12月17日である。参加した医師は産婦人科、内科、外科、小児科と多様である。講師からエコーでスキャニングをするルールを学んだ後、医師たちは自分たちが抱える患者を喜んで診察し始めた。子どもや妊婦、腹部疾患を抱えた患者が日に15人ぐらい続々と送り込まれる。時たま迷彩服を着た軍人が同僚と思われる男性を連れてくる。紛争地であるからには当然の光景だが、やはり病院に軍服はミスマッチの気がした。
 病院内にエコーは3台存在する。AMDAが寄贈した機器はその中で最新鋭である。現在、技術指導に参加した医師たちを中心に、このエコーを使った診察が週2回実施されている。検査技術向上への貢献度は大きい。それ以外の日では既存の小さなエコーを使った診察を常時実施している。

  ニャラ市民病院は周辺地の重症患者が搬送されてくる中核病院である。広い土地の中に部門が点在し、2階建ての建物はほとんどない。建築技術がないわけではなかろう。土地が余っているのだから建物を垂直に伸ばすという発想をしないだけかもしれない。
病院の敷地内に足を踏み入れると、患者以外の人がやたら多いことに気づかされる。彼らは患者の付き添いである。病院の医師によると、これはこの地の伝統なのだそうだ。家族親戚、果ては同じ村の人までが付き添いに来る。入院ということになると、付き添いに来た人たちは村に帰らず病院に居つき、そこで生活を始めることになる。
 朝、木炭の炊煙がそこかしこで上がり、水場やトイレは大混雑する。仮に1人の患者に4人の付き添いがあると仮定しよう。病院のベッドはおよそ400床あり、すべて埋まるとおよそ2000人の患者関係者が病院に溢れ返ることになる。これはここの収容能力をやすやすと超えてしまう。 
 当然問題視した病院は、苦肉の策を講じた。入り口で100ディナール(50円)の徴収を開始したのである。もちろん患者や病院関係者は別だ。この策で病院に流入する人口をどの程度コントロールできたか不明である。病院内外を何度も往復する場合、支払いは馬鹿にならない。医療費の一部と簡単に割り切れない気もする。

 困難な状況では一族で助け合うのが彼らの流儀らしい。部族主義の弊害を指摘することはたやすいが、考えさせられることも多かった。付き添いとは少し異なるが、ふとした日常に彼らの助け合いと洗練されたマナーを感じることがある。
 たとえば、カルツームの路線バスは安全ではないように伝わっているが、自分はそう思わない。むしろ快適だと感じている。バスの席は必ず詰めて座る。走り出すと車掌が指を鳴らし、乗客はおもむろに小銭を出すが、席が後方だと車掌まで届かない。すると、後ろからバケツリレーよろしくお金が前に陣取る車掌に送られていくのである。おつりを渡すときは逆の手伝いで車掌から後方に送られる。一連の流れは見事なもので、いつも感心させられた。
 払う方でも、払われる方でも、勘定の誤魔化しをついぞ見たことがない。また、イスラムの伝統だろうか、女性には必ず席を譲る。バスを降りるときも指を鳴らし、新たに乗り込む人のために丁寧に空いた席を詰める。こうしたマナーはどんな場合でも崩れることはなかった。もっとも酔っ払ってもいないのに飛行機の中で大合唱していた輩も目の当たりにしているので、彼らがいつも乗り物で他人の迷惑を顧みるとは思わない。しかし、それを割り引いても市民生活の中にはささやかであろうが助け合いの文化が色濃いのではないかと思う。
 事業を完了して帰国した現在、たまさかこうした光景を思い出すことがある。自分の行った事業の受益者数も大事だが、こうした印象を留めておくのもまた大切な作業だろうと感じる昨今である。

 


 
 

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