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プノムスルイにおける「コミュニティ開発プロジェクト」
 
AMDA本部職員 竹久佳恵
 この3月末をもって、カンボジアの首都プノンペンから南に約50kmに位置する、コンポンスプー州プノムスルイ保健行政地区における活動に幕が降りた。ここで、プノムスルイでの活動、特に近年3年間に亘り実施してきたコミュニティ開発プロジェクトを振り返り、これまでご支援いただいてきた皆様にご報告したい。

 プノムスルイでの活動は、AMDAの歴史の中でも、特に長い部類に入る。1992年のプノムスルイ郡立病院での医療従事者研修に始まり、マラリア予防プロジェクトやデイケアセンター支援など、その歴史は今年で14年目を数える。

 1999年には、主に遠隔地に住む障がい者と貧困層の住民を対象とした巡回診療が始まった。プノムスルイ地区の特徴は、その貧困度合だけでなく、地雷被害者も多かったことである。

 巡回診療が3年目に入った2002年ごろには、診察から薬代まで全てが無料であったことも影響してか、対象者と地域住民の巡回診療への期待が、過度に膨らみつつある傾向にあった。つまり、対象者と地域住民は無料の巡回診療に頼るあまり、治療費を払う必要のある公的医療機関で受診しない、月1回の巡回診療サービスを受診出来るまで疾病を放置し悪化させてしまうような現象が、少なからず見られるようになったのだ。前者は、本来あるべき地域の公的保健医療サービスラインを阻害しつつあるという負の影響を、後者は、本来、地域住民の健康維持に貢献しなければならない巡回診療が、地域住民の健康維持を阻害しつつあるという負の影響を生みだしていた。

 その結果、2003年度末をもって、巡回診療の打ち切りが決定された。なお、この巡回診療打ち切りについては、様々なご意見を頂いたし、また現地スタッフ内でも見解が分かれた。「障がい者だけでも続けるべきであった」という意見もあれば、「カンボジアの発展を長期的に考える視点に立てば、打ち切るべきだ」「与えるだけの援助はなにも生まない」という意見もある。

 なにはともあれ、巡回診療の打ち切りは決定された。2003年4月には、その代替として、障がい者と貧困層住民を含めた全住民が、自身の手で健康な生活を維持出来ることを目的とした活動が始まった。これが「プノムスルイにおけるコミュニティ開発プロジェクト」である。対象地は巡回診療を行っていた27村である。

 このプロジェクトは3つの段階に分けられる。まず、2003年度には、巡回診療をその頻度を減らしつつ継続し、且つ地域の保健を担当するボランティアの育成を行った。2004年度には、巡回診療を完全に打ち切り、ボランティア育成を継続しつつ、彼らのイニシアティブによる村落活動を推進していった。2004年度は、ボランティアの能力向上を継続すると共に、公的医療機関との連携や、村落活動のさらなる充実を図った。

 このプロジェクトには3つの軸足がある。まず、保健ボランティアの存在である。住民会合を通じ、27村で約100人のボランティアが誕生し、今も活動を続けている。その多くは、自主的な立候補を経て、ボランティアになっている。ボランティアになっても金銭的報酬はない。それを承知の上で、自身の日々の生活にも困窮する人々が、地域の発展のために手を挙げたことに、尊敬の念を抱く。


救急処置研修

貯蓄組合の集金風景

 余談ではあるが、この金銭的報酬が無いことに対し、ボランティアが皆、100%の理解を寄せていたわけではない。研修参加者に交通費と数ドルの日当を支払う他団体に対し、AMDAでは必要な交通費だけを支払っていた。活動開始当初の2003年には、保健ボランティアとの会合時には、金銭的報酬を強く要求されることが多々あり、現地スタッフもこの時期が最もつらい時期であったと述べている。当時、カンボジアに出張した私は、ボランティアに対する研修を視察する機会を得た。「日本からアムダのスタッフが来た。今がチャンスだ。」と思ったのかどうかはわからないが、ボランティアらは一丸となり、現地職員に対し金銭的報酬を強く要求してきた。実際より長く感じられたのかもしれないが、およそ20分に亘り、ボランティアの要求は続いた。最終的には、ある物静かなボランティアが手を挙げ「研修で習った知識で村の人の命を救えることが出来たら、その命は今日、研修を受講したからといって受ける金銭的報酬より高い」と発言したのを機に、要求は終わり、食事を共にし、クメールダンスを全員で踊った。このプロジェクトに想いを寄せる時、一番にこの日のことを思い出す。

 プロジェクトは、衛生、栄養、HIV/エイズ、応急処置といった保健医療に関わる様々な研修機会を、ボランティアや村長らに提供した。2006年1月に実施した総復習研修のテストでは、9割以上の正解率が得られたことからも、彼らの知識がいかに定着したかがわかる。

 なお2004年ごろから、カンボジア保健省による公的な保健ボランティア設置(各村2名)の政策が、プノムスルイにも浸透しつつあった。公的な保健ボランティアは、公的一次保健医療機関である保健センタースタッフと協力関係を築き、村落レベルにおける保健情報の収集や、アウトリーチ活動の周知といった重要な役割を担わなければならない。この公的な保健ボランティアは、主に村での選挙により選ばれる。2004年から2005年にかけ、アムダが育成したボランティアの内10名が、この公的保健ボランティアに選ばれたことを非常に嬉しく思う。

 2つ目の軸足は、ボランティアのイニシアティブによる、村落活動である。村落活動は、「保健教育の実施」「障がい者への家庭訪問」「貯蓄組合」「地域活動」の4つに分けられる。ボランティア自身の知識・経験や、村の状況によりけり、活動実施状況は異なる。

 「保健教育」活動は、保健ボランティアが定期的に地域住民に対し、自身が作成した紙芝居などIEC教材を利用して行う。AMDAの研修で受講した内容が主なトピックである。当初、自信を持ちえず、人前で話せなかったボランティアが多かったが、今では、時には笑いを交え、常に村人の関心を引きつけるような保健教育を実施できるまでになった。保健教育は、ボランティア自身の知識はもちろん、コミュニケーションスキルも試される場であった。

 「障がい者への家庭訪問」活動は、保健ボランティアが定期的に、村の障がい者を訪れ、健康状況をチェックする活動である。2004年に派遣された理学療法士である細川専門家から受けたマッサージ療法が、現在でもこの家庭訪問時に行われている。


地域の障がい者へマッサージをする
保健ボランティア
 「貯蓄組合」は、グループメンバーが毎月資金を積み立て、メンバー間で資金が必要な場合に運用する仕組みである。この「貯蓄組合」活動の運営は、メンバー間での選挙で選ばれた運営委員が責任を負っている。各組合ごとに、その運営方針は異なっているが、どの組合でも、健康に関する資金融資の場合は、利子が免除されるという決まりがある。また、中には運営資金からボランティアと運営委員に対する報酬(といっても年に5,000カンボジアリエル=約1.25ドルとそう高額ではないが…)を支払う決まりを設けている組合もある。
 最後の「地域活動」は、村の状況により多種多様である。井戸設置、排水溝設置、トイレ設置、村落清掃キャンペーン、栄養食の調理実習、水浄化システムの利用などである。一回で終わってしまったものもあれば、現在も継続している活動もある。大切なのは、これらの地域活動を通じ、ボランティアの企画・実施能力が向上したことと、地域住民自身による生活環境向上の重要性が意識化されたことではないかと思う。
水がめの管理状況をモニタリングする
保健ボランティア
 3つめの軸足は、ボランティアと公的保健医療機関との連携促進である。これは、現地スタッフにとって最も困難を極めた活動であった。公的保健医療機関スタッフもしくは施設に対し、金銭的・物理的援助をAMDAからしなかったことも一因だと思われる。しかしながら、AMDAのボランティアが公的な保健ボランティアになった頃からか、少しずつ事態は好転してきたようだ。ボランティアらの(正しくは地域住民の)公的保健医療機関に対する期待や要求(例えば開院時間の延長)が、少しずつ実現していることは喜ばしいことである。例えば、ある保健センタースタッフは、地域住民から要望の強い「夜間開院」実現に向け、ソーラーパネルの設置に強い意欲を示している。

 このプロジェクトは3年間、財団法人国際開発救援財団から助成と、AMDAをご支援くださる皆様からの寄付で運営させて頂きました。長い時間を必要とする、時に活動の成果を「数値」や「物」で視覚化がしづらい本プロジェクトに対し、多大なご理解を賜りましたことを感謝いたします。

 


 
 

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