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熊本地震の支援活動に参加した元大学生ボランティアの今

公開日:2020年11月07日
 
2016年熊本地震から4年が経ちました。当時大学生のボランティアとして災害支援に参加していた方も、立派な社会人になりました。当時、岡山県内の大学生でボランティアに参加した、永田陽平様もその一人です。

そのお父様である永田正太郎様は、柔道整復師の先生であり、2020年7月にAMDAと協力協定を締結した『岡山県柔道整復師会』に所属しておられます。同会では2018年の西日本豪雨を初め、多くの災害支援に関わっていらっしゃいます。

息子様からお父様へ、災害支援を通して、”開かれた相互扶助”は続いていると感じています。

永田陽平様から当時を振り返り、メッセージをいただきましたので、ご紹介します。

2016年熊本地震 元大学生ボランティア  永田 陽平 様


平成28年(2016)4月14日と16日、熊本県益城町で最大深度7の大きな地震が発生しました。その地震によりたくさんの建物が倒れ、熊本の人々の心にも大きな恐怖を与えました。そのおよそ3週間後の5月4日、私は災害ボランティアの一員として熊本に向かっていました。地震による九州地方の被害の様子を報道番組で見ていた私は、大学からの、災害ボランティア募集の案内受け、それまでボランティアの経験はありませんでしたが、何か少しでもお手伝いができればと思い応募しました。

  現地である、熊本県益城町に入ったバスの窓から私の目に飛び込んだのは数えられないほどの倒壊している家屋や、大きく崩れた道沿いのがれき、ひびが入った地面のアスファルトなど私が予想していた地震の影響をはるかに超えたひどい状況でした。わたしたちがボランティアに訪れた益城町立広安小学校には、その地域に住むたくさんの人々が避難していました。

私達の最初の仕事は、避難者の方々が使用する校舎や廊下、仮設トイレの掃除でした。案内の方に指示された場所で私は避難所の方々のためにと、一生懸命に掃除をしました。しかし私はここで避難所の方々の精神的苦労を目の当たりにしました。
 

避難所を雑巾がけする永田様

「邪魔だ、どけよ。」「トイレが使えないじゃないか。」「掃除の音がうるさいんだよ。」など、その生活に疲弊した避難者の方々の訴えでした。私はその言葉を聞いて、自分がしていることは本当に人々の力になっているのか、逆に気分を損なう邪魔になっているのではないかと感じました。 それと同時に私が感じたのは、3週間という長い間、自身の家にもかえることができず避難所での生活を余儀なくされている人々のストレスでした。どこを掃除していても避難生活に疲れ果てた人々の顔を見た私は、相手の立場になって考えるということが改めて大切だということを感じました。何かやってあげようという自分勝手な意識ではなく、現地の人とも協力して、その苦境を一緒に乗り越えていくことが大切だということを現地の様子を見て感じることができました。

翌日、私たちが取り組んだのは、学校再開に向け、雨や車のタイヤなどでぬかるんでしまった運動場の整地でした。土を入れたりトンボで地面をならしたりと体はヘトヘトでしたが、数時間をかけてきれいにすることができました。するとその様子を見ていた、避難生活を送っている子どもたちが元気よく飛び出してきて友達と遊んでいる様子をうかがうことができました。教師を目指す私にとって、とてもつらい経験からたくさんの不安を抱えていた子どもたちが、自分たちによって整地された運動場で元気よく遊ぶ姿や、それまであまり明るい顔を見ることがなかった子どもたちが笑顔になってくれたその様子を見て自分自身が何とも言えないうれしい気持ちになったことを今でもはっきりと覚えています。その後も、体育館の床拭きや、段ボールベットの組み立てなど、避難者の方々の生活が少しでも良いものになるよう一心に活動し、5日間の災害ボランティアの期間を経て岡山への帰路につきました。


私はこの経験から、自然災害が人々にもたらす心身への被害の大きさ、岡山にいては絶対にわからない避難所で生活をする人々の精神的苦痛、決して軽い立場ではないボランティアとしての立場とその言葉の意味などこれから先、災害と隣り合わせで生きていく私たち日本人が分かっておかなければならない大きなものを学ぶことができたように感じます。

私は今、教師として教壇に立っています。これらの経験から学んだことを風化させることなく、より具体的に次の世代へと意識をつないでいくことが子どもたちの危機管理の大切さを気づかせる自分自身の仕事だと感じています。あの時の子どもたちの笑顔のように、これからもたくさんの子どもたちを笑顔にできるよう努めていきたいと思います。
 
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