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フィリピン活動展望(1)〜ミンダナ島イスラム過激派騒動とその後の振興政策に関与〜

公開日:2019年07月10日
 
AMDAインターナショナル代表 菅波 茂
 

マラウィ市入口

2017年5月にミンダナオ島はマラウイ市を中心にイスラム過激派と軍との間で戦闘が発生し世界の注目を集めたことはまだ風化していない。現在も多数の不発弾が埋まっていることにより外国人はマラウイ市中心部には入れない。マラウイ市の入り口には「ムスリムの街」という看板がかかっている。現在は2018年7月26日に成立したバンサモロ基本法の成立により西部ミンダナオ島に設立される、高度な自治が認められるバンサモロ自治政府実現に向かって動きだしている(2019年2月22日にはバンサモロ暫定自治政府が発足)。ちなみに、バンサとは現地語で人々や国を意味しており、モロとはスペイン人がムスリム系マレー人を指すのに使った言葉である。バンサモロ基本法の成立にはドゥトルテ大統領がミンダナオ島出身であり、彼の家族にムスリムの人がいることも大きな推進力になったと考えられる。首都マニラがあるルソン島中心の従来の政権では無理だったのではと思う。

フィリピンは3つの地域に分けられる。ルソン島地域、ミンダナオ島地域そしてその中間に位置するビサヤ地域である。ドゥトルテ大統領は主としてミンダナオ島地域とビサヤ地域を支持基盤として大統領に当選している。

メルカド氏はAMDAのフィリピンにおける重要なパートナーの一人である。彼女はバンサモロ基本法を具体化するフィリピン大統領府和平プロセス担当大統領顧問室副顧問の職にある。以前はドゥテルテ大統領の大統領府長官レオンシオ・エバスコ氏の筆頭秘書であり、それ以前はフィリピン政府開発アカデミー上級副学長だった。政府の推進する大型案件に加えて、メルカド氏が責任者であるAMDA-フィリピンGPSP(世界平和パートナーシッププログラム)平和構築分野においてプログラム/プロジェクトを具現化することになった。世界平和パートナーシッププログラムとは、AMDAが世界に広がる協力団体と一緒に、世界平和に向けて平和構築、生活支援、教育支援、健康支援の4分野を中心とした活動を行う取り組みである。「相互扶助」「パートナーシップ」「ローカルイニシアティブ(現地主導)」のコンセプトが入っているものをGPSPの活動としている。
 

メルカド氏キャビネットオフィス当時

ミンダナオ州政府関係者


AMDAが実施してきた平和構築プログラム/プロジェクトは、1994年から4年間行った旧ユーゴスラビア紛争の人道支援をはじめ、1999年タリバンと北部同盟が「アフガニスタンの全ての子どもたちへワクチン接種が終了するまで停戦する」ことを約束した停戦合意、2003年に19年に及ぶ紛争を停止したスリランカで、宗教の違う3つの民族が住むそれぞれの地域で医療巡回診療を行った医療和平プログラムなど、多岐にわたる。
 

普段は入れないマラウィ中心部

2018年4月。私はメルカド氏のお陰で、ムスリム過激派と政府軍との戦闘が終了した後で、普段は外国人が入れないマラウイ市を訪れることができた。旧知のアマイパクパク医療センターとミンダナオ州立大学の状況を把握したかった。国立アマイパクパク医療センターは戦闘中にムスリム過激派に占拠されていた。私が訪問した時、外来は患者さんであふれかえっていた。ほっとした。サベール院長(当時)とお会いしていろいろと事情を教えてもらった。ミンダナオ州立大学では学生のために日本の情報を集めた日本コーナーの開設を求められた。米国の情報を紹介する米国コーナーがあったが少し古い情報のような気がした。

マラウイ市郊外には戦闘による避難民のために新しい小規模の避難地区が三々五々つくられていた。その一つの避難地区に子ども達のために図書館をモデル的に設立することにした。部屋の設置や図書の選別はメルカド氏が設立した女性グループであるWINDS (Women in National Development and Security)に任せることにした。ミンダナ島の和平構築に少しでもお役にたてれば幸いである。
 

マラウィ市郊外の避難地区

ミンダナオ州立大学図書館訪問

 

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