1984年設立、国連経済社会理事会総合協議資格NGO 認定特定非営利活動法人AMDA

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インド連邦・ケララ州緊急支援活動に参加して

公開日:2018年12月18日
 
インド担当 岩尾 智子

2018年8月15日、私はAMDA西日本豪雨災害緊急支援活動で、拠点としていた総社市にいた。その日は、AMDAとしては緊急支援活動の一旦の区切りとしていた日であった。同じ日にインド連邦南端のケララ州で大規模洪水が起こっていることは、数日たってから菅波代表からの連絡で知った。

「インドのケララ州で100年に1度と言われるような大規模洪水が起きている。」という知らせが8月20日に入った。ニュースを1か月以上確認していなかった私は、「ああ、ニュースをチェックしていなかった。岡山の洪水と似たような状況がケララでも起こっているのだろうか。」と心の中で思いながらインド関係者からの連絡を待った。

インド支部長カマト医師、事務局長ミナクシ医師、支部メンバーであるラマチャンドラ医師に加えて、ビハール州ブッダガヤにあるAMDAピースクリニック関係者にも連絡を取り、いち早く現地に入れるように調整を始めた。元ビハール州警察長官であるボルドワージ氏が、元上司で元ビハール州警察長官を務められたケララ州在住のジェイコッブ氏を通じて、ケララ州チェンガヌールロータリークラブメンバーであり甥にあたるスニール歯科医師を紹介してくださったところで、すぐに現地入りを決めた。ミナクシ医師、ボルドワージ氏が、調整員として日本から参加した松永調整員と私と一緒に被災地入りすることが決まった。航空券を手配し、ケララ州に入ったのが8月27日。

まだ、ケララ州チェンガヌール地区最寄りのコーチン国際空港が再開していなかったため、インド最南端にあるトリバンドラム空港に到着。車で3時間以上かけて、スニール歯科医師のいるチェンガヌールまで120km近く移動し、その日のうちに避難所となっていた大学2か所を訪問した。災害発生から12日経過していたので、各避難所に当初2000から3000人いた避難者も500人程まで減っていた。インド全国から飲料水、衣類、食料など多くの支援が届いている、と避難所関係者から伺った。避難所を訪れた際、手品師のショーや子どもによる歌唱大会のようにエンターテイメントが充実していたことに驚いた。チェンガヌールは人口約2万人の小さな町ではあるが、日本とは違い過疎化は見られない。緊急時に若い力が活躍していた。洪水発生直後から大学生が、避難所運営の一旦を担っていたという。「大学に避難所が開設した初日から、食事支援や避難者の名簿作り、避難者の各教室への振り分け、訪問者の避難所案内及び出入りの管理など、避難所責任者のもと、学生が力を合わせて避難所運営を行っている。学校が再開するまで続ける。」とそこを案内してくれた学生の1人が教えてくれた。

翌日からは、ケララ州チェンガヌール地区を中心に、チェンガヌールロータリークラブ協力のもと被災地を訪問し、ニーズ調査を行った。ある地区の被災者は、「水位が急激にあがり、最終的には5フィートくらいまできた。近くを流れるパンバ川が氾濫し、歩いてすぐのところにある公会堂に自力で避難した。狭い公会堂のステージに最大900人くらいが身を寄せて一晩過ごし、高齢者、妊婦、こどもから、近くにあるお寺に、バナナの木で作った簡易ボートや自主的に駆けつけてくれた漁船に乗って、被害のなかったヒンドゥ教寺院に移動した。

三日三晩、水も電気もない中、死者を一人も出さず95世帯全員無事だったことは不幸中の幸いであった。」と語った。調査に入った村は、水は引いていて、泥かきも大体終わっていた。家が基本的に一階建てで、衣類、電化製品をはじめ何も持って避難できていないため、生活に必要なものは山ほどあった。生活用水は普段、井戸水に頼っており、洪水後汚染された井戸水は使用不可能だった。しかし、すでに被災地に入っていた財団が水を浄水し、被災者に配布していた。食料や掃除に必要なものは政府によって提供されていた。話を進めていくうちに、調理器具というニーズがあることが分かった。何がどのくらい必要であるかわからないため、被災者に一緒に店に来ていただいて、必要な調理道具を選んでもらった。AMDAは活動する際、ローカルイニシアティブ(現地主導)を大切にしている。これは、支援物資である調理器具を選ぶ際にも役立った。プッタというケララ特有のもので、ココナッツミルクでお米を蒸す食べ物がある。これを作るには、それ専用の調理器具が必要であり、地元の人でなければ、たとえ他の州に住むインド人でもわからない調理器具であった。これも支援物資に入れてほしいという要望があり、もちろん同意した。8月27日から9月2日にかけて、AMDAはチェンガヌールロータリークラブと協力して、計4地区198世帯に調理器具セットを配布した。加えて、アンディカル地区政府高等学校に通う被災した生徒50人にスクールバッグとノート5冊配布した。

9月3日から6日は、RSS傘下のセワ・バルティという被災地で活動をしていた団体と協力して、被災地での医療支援活動を行った。セワ・バルティは主に、ロジスティックを担当。具体的には、活動地まで移動する救急車と運転するドライバー、医薬品の提供と活動地との調整を担当し、AMDAはインド・ネパール・日本からなる多国籍医療医師団を形成し、セワ・バルティの医師と一緒に現場で医療支援活動を行った。セワ・バルティの活動に参加していた人たちは、ケララ州からだけでなく、首都デリー、ケララ州から北東に位置するアーンドラ・プラデーシュ州などインド全国から、被災者のために何かしたい、という想いをもって応援に駆け付けていた。医療支援活動を行った場所は、どこも建物の1階が浸水しており、被災者は家の片付けの合間を縫って診察を受けに来ていた。ケララ州はインドの中でも、インド伝統医療であるアユルベーダが浸透している地域で、被災者はAMDAアユルベーダ医師による診療か西洋医学の医師による診療かを選ぶことができた。この度の洪水後、レストスピラ症の発生がケララ州より発表されていたため、予防的な抗生剤処方を行っていたのは特徴的だった。計4か所で512人への医療支援活動を行った。


この活動は、日本からご支援ご協力いただいた皆様の力無しでは、成り立たなかった。また、地元協力団体であるチェンガヌールロータリークラブの方の中には、自宅もビジネスも洪水により被災し、大変忙しくされている中ご協力いただいた方々もいる。「ケララ州洪水被災者のために何かしたい」という想いが、日本とインド全国からケララ州洪水被災者支援のために集まっていた。宗教の壁を超えたインド版「困ったときはお互い様」の開かれた相互扶助を目の当たりにした緊急支援活動だった。
 
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